ナレーションの仕事を志すようになったきっかけ
窪田:小説はそうでもないのですが、宮沢賢治の詩は読むのが難しい。『春と修羅』という詩集には69篇の詩が入っていますが、ものすごく難しい。文章として理解しようとすると、言葉が何を指しているのかなかなかよく分からない。感覚で読むべきですが、ナレーターとしてはつい意味を知りたくなる。
でも、宮沢賢治の書く作品は美しいですよね。『銀河鉄道の夜』なんて表現がキラキラしていて、絵が浮かんでくるようです。
──窪田さんは、どのようにしてナレーターの仕事をするようになったのですか?
窪田:高校生の時に、MCが講堂の舞台でクラブを紹介していたんです。その声が柔らかくて説得力のあるいい声で。その人と一緒にクラブ活動がしたいと思い、放送委員会に入りました。
高校性の時は校内放送のDJなどをやって楽しんでいましたが、その時点ではまだ、そういうことが自分の仕事になるとは考えていませんでした。
その後、富士通に入り、無線機を調整する仕事につきましたが、ある朝、出勤時に東急東横線の車内にあった「CMナレーター養成講座」という中刷り広告がたまたま目に入った。この「ナレーター」という仕事に強く惹かれ、仕事をしながら1年間その学校に通ってナレーションの勉強をしました。
そしてある日、職場にナレーションの仕事の話がきたのです。
──それは富士通の仕事としてではなく、ナレーターとして。
窪田:そうです(笑)。当時は他に日中につながる連絡先がなく、職場にかかってきたんですね。そこで、会社の仕事を一日休んで、ナレーションの仕事をやりました。メインのナレーションではなく、コマーシャルの中の1人の若者の声です。
それで、後日また別の仕事の話が来ましたが、そう頻繁に会社の仕事を休むわけにもいきません。そうこうしているうちに、仕事の話がたびたび来るようになり、じゃあ会社を辞めてこちらの仕事をメインしてしまおうと思ったわけです。
無謀ですよね。今なら同じ判断をするか分かりません。だけど、やりたいことをやろうという時代でした。
ただ、会社をやめてはみたものの、生活できるほどには最初はナレーションの仕事で稼げませんでした。それでも、アルバイトをしながら何とか続けていると、徐々に仕事が増えてきて、気がつけば、アルバイトをしないでも生活できるようになっていました。以来、ずっと続けています。
──先ほど釣り番組のナレーションのお話がありましたが、ご自身でも釣りをされると書かれています。自分が釣りをするときも、思わずナレーションしてしまうのですか?
窪田:しませんよ。魚が釣れているときに「今番組だったらこんな風にナレーションするな」なんて思いません。かかった魚を逃がさないように必死です。
窪田等(くぼた・ひとし)
ナレーター、声優
高校卒業後に富士通に入社し、試験課に配属。通勤時に車内で見たCMナレーター養成講座の受講生募集の吊り広告をきっかけに、ナレーターの道を志す。以降、テレビ、ラジオなどの各媒体でドキュメンタリー、情報バラエティ、CMなどあらゆるジャンルのナレーションをこなす。明確でわかりやすい口調や主張しすぎない語り口、抜群の安定感などナレーション技術に定評がある。2020年4月21日には、朗読に特化したYouTubeチャンネル『【公式】窪田等の世界』を開設。
長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。