普通のサラリーマンが10年かけてやる仕事を9カ月で経験させる

大西:配属の希望は?

笹本:海外と関わり合いのある仕事がしたかったので、当時話題だったクレイ(注:リクルートが購入して話題になった、米国製のスーパーコンピューター)を使う部署や、エイビーロード(注:海外旅行の情報誌)をやりたいと思っていました。でも、配属は『週刊住宅情報』(「SUUMO」の前身の紙メディア)でした。

大西:営業ですか?

笹本:いいえ、海外不動産担当の営業企画です。特集ページを作るのが仕事です。「海外リゾートマンション特集」みたいな企画を立てて、広告料の料金表を作って、不動産会社を回るわけです。ある程度、受注が集まったらライターさんやデザイナーさんに発注して誌面を作っていきます。

大西:それを全部、新人が?

笹本:はい。初日に職場に行ったら、机の上に名刺が置いてあって、先輩は「これが君の担当。頑張ってね」と。

大西:何も教えてくれない?

笹本:ええ。こちらは、不動産広告の単価がどれくらいなのか、雑誌のページあたりの原価がいくらなのか、何も分からないわけです。それで「単価って、いくらくらいですか?」と聞くと「とりあえず、売ってこい!」と。企画書作りの達人みたいな先輩がいて、それだけは教えてもらいました。

大西:それでは売り上げが立ちませんね。

笹本:それが、売れちゃったんですよ。バブル景気で海外不動産の需要が高かったんですね。最初は門前払いばかりだったんですが、コツを掴むと面白いように売れ始めて。第1四半期でトップ営業の仲間入りを果たして、「週刊リクルート」という社内報に、顔写真入りで紹介されたりして、天国でした。

 第2四半期は調子に乗って、先輩と一緒に海外出張に行ったんです。そしたら営業日が減って、いきなり数字が落ちました。第3四半期には担当を外されました。天国から地獄です。

大西:今、さらりと話されましたが、リクルートという会社は、恐ろしいことに大学を出たばかりの新人に予算を持たせているんですね。その予算をもとに自分で企画を立て、外部の人たちを使って誌面を作り、お客さんに売りに行く。それで結果が出れば賞賛されるし、失敗すれば外される。

 大企業だとそこまでやれるようになるには10年かかる。笹本さんは普通のサラリーマンが10年かかって経験することを9カ月で経験されています。

笹本:そこが江副さんの言う「社員皆経営者主義」なんでしょうね。何人を何日使うといくらかかる。その上でどれだけ売り上げを立てれば、いくら儲かるか。そういう意識は全社員に浸透していました。

 それは営業部門だけではありません。

 例えば、人事部に行くと「東大生5名受注!」、つまり東大生を5人採用に成功したってことで、ずいぶん失礼な言い方ですけど、そんな垂れ幕がかかっている(注:リクルートには創業期から、個人や部署が目標を達成すると、天井から「祝 売上高○億円達成!」のような垂れ幕を掲げて賞賛する文化がある)。自分で目標を立てて、それを達成するという姿勢は身につきます。

『起業の天才! 江副浩正8兆円企業リクルートをつくった男』起業の天才! 江副浩正8兆円企業リクルートをつくった男』の著者、大西康之さん