(英フィナンシャル・タイムズ紙 2025年1月8日付)
イーロン・マスクは米国の選挙で選ばれたわけではない。しかし、ドナルド・トランプの事実上の共同大統領として行動している。
マスクが自らに与えた権限には、同盟関係にある民主主義国で政権交代を起こそうとすることが含まれる。
総選挙が来月に予定されているドイツについては、国を救えるのは極右政党の「ドイツのための選択肢(AfD)」だけだと繰り返し述べている。
英国については、キア・スターマーの労働党政権に退陣を求めている。
さらに、ソーシャルネットワークサービス「X(旧ツイッター)」では自分のフォロワー2億1100万人に対し、「米国は英国民を専制的な政権から解放すべきか否か」と問いかけた。
どうやら「解放すべき」との答えがコンセンサスになっているようだ。
米国大統領と世界一の富豪の前例なき関係
米国の大統領と世界一の富豪との間にこのような関係が結ばれたことは前例がないという指摘では、恐らく控えめにすぎるだろう。
この種のデュエットについては、歴史を振り返っても参考になる事例すらない。
その片方が、同盟国の政権交代を大っぴらに狙っているお金については言うまでもない。
米国史に名を残す悪徳資本家たち――ロックフェラー一族、バンダービルト家、カーネギー家――は時の大統領と対等であるかのような振る舞いは見せなかった。
その伝説的な巨万の富もマスクのそれには及ばなかった。
ジョン・ピアモント・モルガンの資産は今日の貨幣価値で490億ドルの価値があった。
欧州のファシズムに好感を抱いていたヘンリー・フォードの資産は2000億ドルに上った。
マスクの資産はその2倍以上だ。おまけにフォードは同時代のホワイトハウスの主フランクリン・ルーズベルトに評価されていなかった。
対照的に、米国が他国の政治に干渉した事例は枚挙にいとまがない。
ただし、第2次世界大戦後に中央情報局(CIA)が欧州大陸諸国を共産勢力から遠ざけようと様々な手法を駆使したことを除けば、ワシントンは同盟国には口をはさんだことがない。
そのためベルリン、ロンドン、そして恐らくパリの政府も近く、この新しい脅威にどう対応すべきかという問題に直面する。
マスクはトランプの意向を代弁しているのだろうか。もしそうなら、西側は死んだも同然だ。
それとも、マスクは探りを入れているだけなのか。
こちらであれば、西側諸国にはトランプとマスクの違いをつく機会が手に入ることになる。
恐らく、この2つを混ぜ合わせたものが答えなのだろう。