安倍元首相銃撃も強権的な宗教政策を正当化する理由に
前述した雍和宮の参拝者のように、現代中国では新型コロナウイルス禍や深刻化する格差社会を背景に信仰に救いを求める人が増えている。当局は代表的な邪教と扱われている気功集団「法輪功」や新興宗教だけでなく、プロテスタント系の家庭教会への弾圧も強めており、一部の教会が破壊されたり信者が逮捕されたりしている。
2022年3月には、「宗教の中国化」の一環で、インターネット上の宗教活動を厳しく制限する新法が施行された。インターネットの管理を厳格化して思想統制を強める狙いがあったとされる。
新法は「インターネット宗教情報サービス管理弁法」。当局の許可がなければ、どんな組織も個人もウェブサイトやスマートフォンのアプリでの布教、セミナー、儀式などの宗教活動はできないと定めた。党の指導に反する教えは許されず、信者を愛国的に導くことを求める。
詐欺防止を理由に募金も禁じ、違反すれば刑事責任を問われる。さらに、中国国籍を持つ国内在住者が代表や責任者を務める組織のみが宗教活動の許可を受けられると規定。中国で外国人が立ち上げた組織もインターネットを使う宗教活動ができなくなった。
中国当局がそれらの強権的な宗教政策を「正しかった」と宣伝するきっかけとなったのが、2022年7月に日本で起きた安倍晋三元首相銃撃事件だった。
逮捕された男が、事件の動機は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への恨みだと供述したことを受け、中国公安省系のサイト「中国反邪教ネット」は当局が1997年に邪教と認定した旧統一教会を法輪功とも絡めて批判した。
中国共産党系の新聞、環球時報(英語版)も事件後に「安倍氏の暗殺は中国のカルト一掃の正しさを示した」とする論評を掲載した。「(逮捕された男が)もし中国で暮らしていれば、政府は彼が正義を追求するのを助け、この宗教団体を撲滅しただろう」と主張。旧統一教会と政治家の接点が多い日米などが「(カルト排除への)中国の努力を『宗教上の自由への迫害』だとゆがめている」と非難した。
中国の宗教事情に詳しい北京の大学教員は「現世利益を説く新興宗教は反体制運動につながる恐れがあり、当局は特に警戒している」と話す。三国志の研究者は「邪教とされた張角の人気が現代で高まりすぎると、当局から目を付けられかねない」と案じている。三国志ゆかりの人物の墓が各地で史跡となっている中国で、三国時代のきっかけとなった「黄巾の乱」を率いた張角の墓が長い間放置されてきたことも、この流れと無関係とは思えない。
ただ、庶民の多くはその流れを知らない。