政府批判や世直しを求める声を中国当局は強く警戒
中国政府は2020年にすべての人が衣食住を享受できる「脱貧困」を達成したと宣言した。かつてに比べれば農村の暮らしが向上しているのは確かだ。だからこそ農民たちは中国共産党を支持してきた。内陸部の「脱貧困村」を取材すると、80代の女性が「昔は年に1~2回しか肉を食べられなかったけど、今はたまに食べられるようになった」と話していた。
ただ、現地の経済発展は政府の手厚い財政支援に支えられてきた側面が強い。日本を上回るスピードで少子高齢化が進み、人口減少社会に突入した中国が今後、右肩上がりに経済成長を続けることは難しい。新型コロナウイルス禍の打撃や不動産バブルの崩壊が追い打ちをかけ、地方政府の財政悪化が深刻化している。農村への経済的支援が今後も続くかは不透明だ。
経済成長に伴って都市と農村の格差も拡大の一途をたどっており、貧富の差は日本の比ではない。超高層ビルが天を突く北京や上海ではポルシェやフェラーリなどの高級外車が頻繁に行き交う一方で、内陸部を中心に貧しい農村がまだまだ残っている。
農民たちの不満がマグマのようにたまり続ければ、かつての王朝のようにいつか爆発する恐れがある。だからこそ、黄巾の乱の時代と同じく、不満を持つ貧しい人々が宗教団体と結びつき、政府批判や世直しを求める声を上げ始めることを中国当局は強く警戒しているのだ。
私は以前、「宗教はアヘン」というイデオロギーを持つ社会主義国の中国では、信仰を持たない人が大半だと思っていた。しかし、実際に暮らしてみると、信仰心を持つ人々が多いことを知った。
北京最大のチベット仏教寺院の雍和宮(ようわきゅう)では、若い中国人女性たちが石畳にひざまずき、長い線香を手に熱心に祈りを捧げていた。何を祈っているのだろうか。何人かに尋ねてみると、金運アップ、幸福な人生、家族の健康などさまざまな願いの言葉が返ってきた。
雍和宮では、若者の失業率が記録的に高まるなど中国経済が冷え込むに連れて、参拝客が増えてきたという。境内にあるお守りや数珠、腕輪などの売り場には長蛇の列ができていた。