イランはイスラエルへの報復に慎重にならざるを得ない
原油価格の下落と減産が歳入を圧迫し、歳出が急増していることから、第3四半期の財政収支は300億リヤル(約1兆2000億円)の赤字となった。サウジアラビア政府は今年の財政赤字を1180億リヤルと当初の790億リヤルから上方修正した。
政府の財政を下支えするため、国営石油企業「サウジアラムコ」は負債を増やしながら世界最大規模の配当を維持しており、経営基盤は脆弱になるとの懸念が生じている。
原油価格を下支えしてきた地政学リスクは肩すかしに終わった感がある。
米ニュースサイト「アクシオス」は10月31日、「『イランが11月5日の米大統領選前にイラク領内からイスラエルを攻撃する準備を進めている』ことをイスラエルの情報機関が示唆した」と報じた。米ウォール・ストリート・ジャーナルも11月1日、「イランがアラブ諸国に対し『イスラエルに大規模な報復攻撃を実施する』と通知した」と伝えた。
市場関係者が固唾を飲んで見守る中、イスラエル軍は11月5日、「東部からイスラエル領内に侵入したドローン(無人機)を迎撃した」と発表した。この攻撃による負傷者は報告されておらず、イランの事前の警告には遠く及ばなかった。
筆者は「イラン政府は自国の経済状況のさらなる悪化を恐れてイスラエルへの報復攻撃に慎重になっているのではないか」と考えている。
10月26日に実施されたイスラエルの報復攻撃で石油関連施設は除外されたが、イランが深刻な打撃を被っていたことが明らかになっている。防空システムがすべて破壊されてしまったことから、イランのエネルギー関連施設はイスラエルの攻撃に無防備の状態になってしまったのだ*1。
*1:Iran’s Energy Infrastructure More Vulnerable To Future Attacks(10月30日付、OILPRICE)
イスラエル軍の攻撃を回避するための手段を講じたことで10月の原油輸出量が大幅に減少したことも、イラン経済にとって痛手だ。輸出量が減少したことでイランの中国向けの輸出価格は5年ぶりの高値になっており、お得意先である中国の独立系石油精製企業からの注文が減ることが予想されている*2。
*2:Iran’s Oil Supply to China Most Expensive in Five Years As Loadings Fall(11月5日付、OILPRICE)
イランの通貨リヤルはイスラエルとの軍事的対立が激化するとの懸念から、非公式市場で過去最安値を更新している。年初来の下落率は約30%に達しており、通貨安による輸入インフレが強まることは必至だ。
国民の不満が高まる上にイスラエルとの関係が良好とされるトランプ氏が再登板となる状況下で、イランとしてはさらなる軍事衝突は避けたいのが本音だと思う。
中東地域の情勢は依然として予断を許さないが、原油価格に与える影響が限定的になった今、市場を動かすのは需要要因だ。
中国政府はこのところ経済回復に向けた政策を立て続けに発表しているが、「空砲」に終わるとの見方が出ている。21世紀の世界の原油需要を牽引してきた中国に回復の兆しが見えない限り、原油価格の下落は続くのではないだろうか。
藤 和彦(ふじ・かずひこ)経済産業研究所コンサルティング・フェロー
1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(エコノミック・インテリジェンス担当)。2016年から現職。著書に『日露エネルギー同盟』『シェール革命の正体 ロシアの天然ガスが日本を救う』ほか多数。