英国でも自殺ほう助合法化の動き

 その英国では、自殺ほう助の合法化に関する議会での自由投票がもうすぐ実施される可能性がある。スターマー首相は法改正の推進派だが、これに関しては司法相や保健・社会福祉担当相などが強い懸念を示し、政府内でも意見が分かれている。

 マフムード司法相は英スペクテイター誌上で今年5月、自殺ほう助を支持できないと語っている。この一線を越えてしまえば元に戻すことはできないとした上で、「ある特定の年齢になったり、また特定の病気になったりすることが(他者や社会に対し)負担だと標準化されることは、非常に危険だ」と話している*3

*3Assisted dying vote may come soon as No 10 says it would not stop bill(The Guardian)

 同様の法案は英国のスコットランドでも提案されているが、平等人権委員会はこれに対し、障害のある人たちの人権を守り、末期疾患の定義に該当しないよう、強力な保護措置を盛り込むべきだと強調している。障害のある人たちが早期に人生を終えるよう、圧力をかけかねないリスクを含む法案だと警告もしている*4

*4Assisted dying bill ‘could pressure disabled people to end lives’(THE TIMES)

 英タイムズ紙は9月16日のコラムで、就任から3カ月にも満たないスターマー首相がこの法案を今年のクリスマスまでに下院を通過させたいようだとし、なぜこの議論を急ぐのかという疑問を呈している*5

*5Canada’s assisted death rush is a grim warning(THE TIMES)

 この中では、カナダで自殺ほう助が合法化された2016年から2022年までの間に、毎年3割以上増加していると指摘した。また、カナダのように医療サービスが不十分で国民の生活が圧迫されている国々では、がん患者が治療よりも自死を選ぶことを薦められてしまう、とも懸念を示している。

 タイムズはまた「こうした重大な変化が社会一般に与える影響は悲惨だ」とし、「不謹慎な親族や、愛する人が苦しむ様を耐えられない人たちから圧力を受ける危険がある」とも指摘した。

 安楽死としての自殺ほう助に関する議論は、サルコが示すような「ボタンひとつで楽に終末を迎えられる」という単純な構図では決して終わらない。慎重な議論が尽くされる必要があるだろう。

・こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556
 ※受付時間は都道府県によって異なります
・厚生労働省HPに自殺対策相談窓口一覧があります (https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/soudan_info.html

楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。