ひとりで生きていくなら、そんなにカネはいらない

河田:単純に、生きていくためのお金がそれほどかからなくなるからです。単身世帯は、典型的な2人以上の世帯とは異なる経済行動をとると考えられます。

 単身世帯は、一生のうちに必要なお金、「人生所要金額」が低く、FIREに対する潜在的願望を持つ可能性が高いからです。

 人生所要金額に影響する典型例は子育てにかかる費用。子どもひとり当たり3000万円程度が浮くため、その分だけ生涯獲得しなければならない費用が減ります。さらに、死後子どものために遺産を残さなければならないという「遺産動機」もなくなることから、自分の人生で使い切れないほどの貯金をする必要もない。

河田 皓史(かわた・ひろし) みずほリサーチ&テクノロジーズ 調査部 経済調査チーム 主席エコノミスト
2010年東京大学経済学部卒業、2015年デューク大学大学院経済学修士課程修了。2010年日本銀行入行。エコノミストとして、日本の経済・物価に関する分析および見通し作成(調査統計局)、金融政策や金融環境・インフレ予想に関する分析(企画局)、マクロ経済モデルを用いたマクロストレステストの実施(金融機構局)に従事。2023年11月みずほリサーチ&テクノロジーズ入社。最近は、物価・賃金、金融政策、景気循環・生産性の分析に注力。

 そうした点も含めて将来のマネープランを考える中で、FIREを現実的な選択肢として意識するようになると、30代など若いうちから株取引などのリスク性資産を増やす行動に出るようになる可能性が高いです。具体的にはFIREを意識しつつ、株式投資をしながら配当金をコツコツもらい、長期的なキャピタルゲインを狙う、という生き方です。

 実際、現在においても50代の「未婚単身世帯」は有業率が低いのです。人間は基本的に、自分が食べるためだけなら、長時間のストレスフルな労働はしないことが分かります。

単身者はしゃにむに働かない傾向にある?(グラフ:河田氏執筆のレポートより)
拡大画像表示

 単身世帯は、無理に働きたがらない──。ただでさえ高齢化で労働者が不足している社会において、単身者がFIRE願望を持ち始めるとどうなるか。労働力のプールが減ることから賃上げが盛んになります。労働力不足が、インフレ圧力になり得る、というシナリオです。

──FIREするのに、金額ベースで言えば、どれくらい必要なんですか。

河田:生活水準によると思います。それほど贅沢するつもりがなければ、50歳時点で1億円あれば、現実味が出てくるのではないでしょうか。持ち家があって、将来ある程度の年金を受給できれば、という条件付きですが。

 一方で、FIREはインフレに弱い生き方であることも事実です。FIREという言葉が市民権を得たのは2010年代後半ですが、昨今、物価高が世界中で進行しています。そうした中では、はたして仕事で稼いだお金と株取引で運用した金融資産だけで「逃げ切る」ことができるのか、不透明ではあります。

──実際、単身世帯が増加し、人手不足が今よりも顕著になってきたとき、マクロ経済にはどんな変化が訪れると分析していますか。