情熱で人を変えることはできない
「情熱で人を変えられるか?」と問われたら、僕は「変えられない」と答える。
人というものは信念を持っていればいるほど、他人の情熱でなんて変わるわけがない、そう思うのだ。
ただその一方で、人を動かすのは真心でしかない、というのも感じている。
2012年12月9日、大谷翔平が北海道日本ハムファイターズへの入団を表明した。
それまでに2度、僕も交渉の席に着かせてもらったが、僕の情熱が彼を変えたわけでもなんでもない。というよりも、彼はなにも変わっていないのだ。
大谷は「メジャーでやりたい」と言った。そのためにはアメリカに行くべきだと、本人は考えていた。
ただ、いま、アメリカに行くことは、メジャーでやることとイコールではない。おそらくはそのプロセスとして、マイナーリーグという過酷な環境で、厳しい争いを強いられることになるのだ。
では、メジャーでやるために、それもベストな環境でやるために、最も確率の高い選択はなんなのか。
それは日本で、ファイターズで野球をやることである。それが終始一貫していた球団の主張である。それは絶対に間違っていないと、確信していた。
そして、彼はメジャーでやりたいという信念を貫き、そこへ辿り着くための最良の選択をした。我々のプレゼンテーションによって、それまで雑然としていた夢へのロードマップが整理されたのだ。
それとは別次元で、自らの言動によって生じた責任を、ひとりの大人として重く捉え、決断には躊躇せざるをえない面もあっただろう。だが、口憚かられる言い方にはなるが、そこには我々の真心が届いたと信じている。
そう、大谷翔平はなにも変わっていないのだ。
どんな言葉で口説いたのか、と何度も聞かれた。
しかし、交渉の席では、「一緒にやろう」とも、「ファイターズに来てくれ」とも、僕は一度も言っていない。
それらは、あの状況で伝えるべき言葉ではないと考えたからだ。言葉はとても大事なものだからこそ、あえて言葉にしないほうがいいこともある。
((『監督の財産』収録「3 伝える。」より。執筆は2013年1月/8月30日に続く)