世界の恐竜研究史を塗り替える様々な発見が相次いだ中国は世界一の恐竜大国だ。一方で、新たな発見の陰には共産党政権の歴史や政治の影響も見え隠れする。中国の現地事情に詳しいルポライターで、3歳のときから恐竜図鑑にハマったという安田峰俊氏がまとめた『恐竜大陸 中国』(安田峰俊著、田中康平・監修、角川新書)から、中国の恐竜に関する知られざるエピソードを紹介する。
愛国的風潮の波は恐竜の命名にも
白亜紀前期(約1億3000万年前)に生息していたディロング・パラドクスス(Dilong paradoxus:奇異帝龍)は、体長は1.6メートルほどの小さな獣脚類である。とはいえ、近年の中国恐竜ではシノサウロプテリクスと並ぶ「メジャー選手」になりつつある。
その理由のひとつは、化石が発見された2004年の時点では最古とみられる(その後にもっと古いグアンロン・ウーカイ(Guanlong wucaii:五彩冠龍)が発見されたが)ティラノサウルスの仲間だったからだ。
しかも、尾などに繊維状の構造が見つかり、羽毛が生えていたと推測された。世界で最も有名な恐竜であるティラノサウルスの仲間が、20世紀末から学界の話題をさらった羽毛恐竜だったというのだから、その話題性は言うまでもないだろう。
ディロングの化石は遼寧省の北票市陸家屯にある義県層から見つかり、中国古生物研究の大家である徐星により報告された。この北票市からは、地名がそのまま名付けられたベイピアオサウルスをはじめ多くの羽毛恐竜が見つかっている。
やがて同じ遼寧省では2012年に体長9メートルのユウティラヌス・フアリ(Yutyrannus huali:華麗羽暴龍)が報告され、ティラノサウルスの仲間の多くが羽毛に覆われていた可能性も浮上した(もっとも、ティラノサウルス自身については、大型化によって羽毛を失い、身体の多くがウロコに覆われていたとする見解が現時点では有力だ)。
近年になり、北票市付近からは、腰付近に毛のような繊維組織の存在が確認されたプシッタコサウルス(原始的な角竜の仲間)の化石も見つかっている。まだ小さかったティラノサウルスの先祖に近い仲間と、トリケラトプスの先祖に近い仲間が、白亜紀前期に同じ地域で共存していたと考えると微笑ましいものがある。
ところで、近年の中国では、愛国主義的な風潮の高まりもあってか、自国内で発見された恐竜に「○○サウルス」「○○ニクス」といったラテン語由来の名前ではなく、中国語のアルファベット表記、すなわちピンインのスペルをそのまま学名にする例が増えている。ディロングや、前出のグアンロンも同様である。