鉄道会社はカスハラが起きやすい業界の一つだ(写真:maroke/イメージマート)鉄道会社はカスハラが起きやすい業界の一つだ(写真:maroke/イメージマート)

(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)

 駅の乗り越し精算機のエラー音に対応していたJR西日本の駅員は、客から「早くしろ、クズ」と怒鳴られた。状況を確認するため客に質問をすると、「殺すぞ、ボケ」と罵倒された。

 激昂する場面でもなんでもないのだ。なのにこんな暴言を、おなじ人間に平気で吐く人間がいることが、まったく理解できない。

 このような「カスタマーハラスメント(カスハラ)」は、2022年度、全国の鉄道会社で1124件が確認された。発生多発地域は神奈川県(220件)。東京都(178件)、大阪府(173件)で、この3都府県だけで半数以上を占めている。暴力行為は全国で569件にのぼる。

 鉄道業界では列車の遅延などを巡り、カスハラが起きやすいとされる。しかしカスハラは客商売の業界なら、どこでも起きている。コンビニ、スーパー、飲食店、デパート、ホテル、航空会社、タクシー会社などにおいても、頻発しているはずである。

「客」商売ではないが、患者や市民へのサービスを提供する病院や役所なども含めると、被害件数は鉄道の何倍にもなるだろう。

地位や権限もないから、ただの「客」にしがみつく

 1999年の東芝クレーマー事件が、「クレーマー」という存在を浮き上がらせた最初の事件だと思われるが、これは企業側の対応が横柄だった。ただこのときはまだ「クレーマー」の段階で、人間を罵倒恫喝するカスハラ人間が出現したのではなかった。

 しかしこの事件が、非力な一個人でも大企業を謝罪に追い込むことができるのだという悪しき先例となったことは否めない。個人がパソコンのウエブサイトという表現手段を手に入れたのである。現在はそれがスマホとなり、飛躍的に拡大している。

 人間は力をもつと、すなわち社会的地位や権限、もしくは文字通り物理的力をもつと、自分が偉くなったように感じるものらしい。周囲も、その力に対して頭を下げる。

 しかしそんな地位や権限を一切もたない者はなおさら、ただの「客」、ただの「男」、ただの「大人・親」にしがみつく。「オレは客だぞ」といい、「女子どもはひっこんでろ」と威張りたがるのだ。

 儒教の影響だろうが、ただ年上(先輩)というだけで、なんの取柄もない人間が、当然のような顔をして年下を支配したりするのである。

企業や店の無意味な「おもてなし競争」

「お客様は神様です」という言葉が悪利用されて、全国民の意識に広まったことの罪も重い。もともとなんの意味もない「客」という立場を持ち上げすぎて、「客」は神のように奉られる存在なんだと勘違いさせたのだ。