漢字が分からずひらがなしか書けなかった勝山

「正直、勝山と妹は別れると思っていたので、かかわっても仕方がないと思っていました。でも、子どもができたと聞いてちょっと考えが変わった。同じ家族になるのであれば、ちゃんとさせないとダメだな、と。声をかけた4人の中では勝山が一番関係がなかったですね。妹の彼氏であって、僕の友人ではありませんでしたから」

 そう久世は振り返る。

 久世の誘いを聞いて、勝山はとまどった。営業が何かもわからなければ、自分にできるかどうかもわからなかったからだ。ただ、このときの勝山は、後に義兄になる男の提案に一度だけ乗ってみようと思った。家族を養う不安と、「お前、やりたいことはないのか?」という大将の言葉が遺言のように残っていたからだろう。

 もっとも、勝山はすぐに現実の厳しさを思い知らされることになる。

僕たちは、自分の人生を選択できているのだろうか。そもそも、僕たちの人生には選択肢があるのだろうか──。勝山恵一と三浦宗一郎が社会に投じた波紋は、さまざまな人を巻き込みながら、うねりになりつつある。『人生は選べる 「ハッシャダイソーシャル」1500日の記録

 久世の話によれば、営業の仕事とは、auひかりの通信回線を個人の家に提案する訪問販売のことだった。自宅に光回線を引いていない人に対しては光回線を導入するメリットを、ほかの通信会社と契約している家庭に対しては、スマホを含めauひかりに乗り換えることで月々の支払いがどれだけ減るのかということを提案するのだ。

 ただ、いきなり素人が営業をするわけにもいかないので、実際に営業を始める前に、一次代理店が主催した営業研修に参加することになった。ここで、勝山は冷徹な現実に直面する。自分がいかに何も知らないかという現実に。

 研修では、自己紹介の後に、ほかの参加者とのグループワークがあった。配られた紙に自分の意見を書き、ほかの参加者の前でプレゼンするという簡単な内容だ。ところが、勝山は紙に書いてある質問が何一つわからなかった。漢字が読めなかったのだ。

 それでも、想像を巡らせて何かは書いたものの、漢字が書けないため、文章のほとんどがひらがなになった。周囲の参加者も初めは訝しむだけだったが、だんだんと「ああ、コイツは真剣にヤバいやつだ」とざわざわし始めたという。