猫と柴犬 写真/フォトライブラリー

(歴史ライター:西股 総生)

大陸から渡来した猫

『光る君へ』を見ていて、源倫子(黒木華)が飼っている猫・小麻呂に癒やされている方も少なくないと思います。第7話では、打毬を観戦していた倫子らのもとから小麻呂が逃げ出してしまい、あらあら大変、という場面もありました。

 この小麻呂、ふだんは赤い紐に繋がれていることに気がつきましたか? いま、猫を飼っている人は、首輪は付けてもリードなんか付けずに、室内で放し飼いにするのが普通だと思います。でも、平安時代や中世の様子を描いた絵巻物を見ると、猫は例外なく紐に繋いだ状態に描かれています。

 猫(イエネコ)はもともと大陸から渡来した家畜で、弥生時代の遺跡から猫の骨が出土しています。その後、大陸から仏教が導入されるのに伴って、経典などの書物を鼠から守るために、猫もいっしょに輸入されたといわれています。お釈迦様のお葬式に出席しなかったから十二支に入れてもらえない、といわれてきた猫ですが、日本では意外にも仏教の守護者(?)だったようです。

仏教の移入に伴って貴重な経典を鼠から守る必要が生じた。写真は武蔵国分寺跡 撮影/西股 総生

 そんな猫を「かわいい!」と思った人が、いたのでしょう。猫は次第に愛玩用のペットとして飼われるようになります。ただし、猫をペットにできたのは上級貴族など、支配階級に属する人たちに限られました。

 当時の猫は、何せ舶来の高級ペットなのですから、逃げたら大変です。おまけに『光る君へ』を見ていとわかるように、当時の邸宅は壁が少ない開放的な構造です。そこで紐を付けて、柱などに繋いで飼うことが一般的だったのです。

平安時代には猫は上流階級の邸宅で飼われるペットだった 撮影/西股 総生

 ですから当時は、猫がいるのは支配階級の邸宅の中だけで、野良猫なんて存在しません。一昨年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも、鎌倉に猫はいませんでした。もし脚本家がうっかり台本に猫を書いても、たちどころに考証によって抹消されてしまったはずです。

頼朝時代の鎌倉には、まだ猫はいなかったはずだ 撮影/西股 総生