輝きを取り戻した嘉陽宗一郎。名実ともにアマチュアナンバーワン投手の評価を受けている(写真:共同通信社)

 プロでもトップクラスと言われるほどのすごいボールを投げ、トヨタ自動車を日本一に押し上げた嘉陽宗一郎投手(トヨタ自動車)。だが、高校時代から何度もドラフト候補に挙げられながら、様々な巡り合わせによりプロとの縁がつながることはなかった。今、嘉陽は何を思い野球に取り組んでいるのか。「プロに行かない男」の知られざる実像に迫るノンフィクションの最終章。

(矢崎 良一:フリージャーナリスト)

◎第1話:社会人野球で無双の嘉陽宗一郎、プロのローテは確実も「プロに行かない男
◎第2話:トレーニングで失われた肩の可動域、どん底に落ちた嘉陽が取り戻した“角度”

>>貴重な嘉陽宗一郎の写真

 25歳。社会人3年目のドラフトで嘉陽宗一郎を指名してくる球団はなかった。

 そこで「もう1年、指名を待つ」という選択をする者もいるだろう。むしろそちらのほうが多いのかもしれない。これまで、二十代後半になっても「行けるならプロに行きたい」と言う選手を何人も見てきた。だが、嘉陽はそれをしなかった。

「それは周りからも言われましたね。『来年、もう一度目指してみたら』と。でも、あの年は9月の予選で結果を出して、僕自身『これはプロ行けるわ』って、正直思ったんです。それだけの手応えのあるボールを投げていた。それでも結果として行けなかった。『これで無理なんだから、俺はプロは無理なんやな』と、そこでひとつ踏ん切りがついたんです」

 4年目も春先から良いパフォーマンスを続けていた。「プロを考えてみたらどうだ」と言ってくる人もいたが、嘉陽自身はまったく心が動くことはなかった。

「3年目のドラフトで行けなかった時点で、『諦めた』という言葉は使っていませんけど、プロというものをまったく考えなくなりました」

 これは偽りのない、本心から出ている言葉のようだ。

 今年のドラフト、トヨタ自動車からは入社2年目の松本健吾投手が、ヤクルトから2位指名を受けている。嘉陽と同じ亜細亜大出身で、大学4年時にドラフト候補として注目を集めながら指名漏れに終わり、トヨタに入社してきた。嘉陽が5年目のシーズンを迎えた年(2022年)だ。

 松本はその秋、日本選手権の2回戦でパナソニックを相手にあわやノーヒットノーランの1安打完封勝ちをしている。ストレートは150kmを超え、スライダー、スプリットと変化球はキレキレだった。ドラフト指名が解禁されるのは翌年。上位指名候補として、各球団のスカウトに強烈な印象を植えつけた。

 チーム内の序列でいえば、松本は嘉陽のようにエースとしてチームを引っ張る立場ではなかった。優勝した今夏の都市対抗でも、1回戦、準々決勝、決勝と嘉陽が先発。登板のない2回戦、準決勝に本田技研鈴鹿から補強選手として加入した森田駿哉(巨人ドラフト2位)が先発し、松本は2番手として試合中盤からのリリーフという起用になった。

 松本自身も「今の時点で、嘉陽さんを追い抜いたという気持ちはない」と言う。そしてドラフトを前にして、「僕はもし今年指名がなくても、まだこのチームで成長してプロを目指すつもりだし、それでも指名がなければ、嘉陽さんのようにトヨタで頑張っていけばいいと思っています」と話していた。

 同じステップでプロを目指し、最短の2年で扉が開いた松本と、3年待っても扉が開かなかった嘉陽。嘉陽になかったのは、松本が残した初年度のインパクト。「最初の2年間はプロに行くことだけを考えていた」と言いながら、多くの選手がプロへのアピールのために使う2年間で、嘉陽はその水準に戻すための努力をしていた。仕方がないことだが、それはあまりにも遠回りだった。