ブチャのベーカリー「パン屋の家」に並ぶ焼きたてのパン(2022年4月、ブチャ。著者撮影)

 日本の新聞社のモスクワ支局特派員だった古川英治氏。新聞社を退社してフリージャーナリストとなり、ウクライナ人の妻とキーウに移り住んだ矢先の2022年2月24日、ロシア軍がウクライナへの全面侵攻を開始した。古川氏は、戦禍に巻き込まれたウクライナの人々のリアルな生活と感情を記者として当事者として書き留めた。自由と民主主義を守り抜こうとする戦時下の民の貴重な記録『ウクライナ・ダイアリー』(KADOKAWA)から一部を抜粋・再編集してお届けする(第2回/全3回、JBpress)

泣くほど美味いパン

「パンはみな毎日必要でしょう。小麦粉がなくなるまで、私たちはパンを提供するわ」

 2022年3月、ほとんど人の消えたキーウの街で営業していたベーカリーカフェのおばちゃん、リルヤのこんな言葉を覚えている。

 彼女に限らず、私はウクライナ各地で人々がパンへの思い入れを語るのを聞いた。

 ウクライナ西部のポチャイウという町で、子供2人を連れて南部ザポリージャから避難してきた女性に出会った。私が夫について尋ねると、彼女は誇らしげに話した。