ここで大切なのが、「相手が何を応援されると心地よいか?」を見極めること。野球は、球を打つというバッターの目的があるからこそ応援ができるんです。つまり応援側である人々は、応援対象の人がその日に何をやろうとしているのか知らないとなりません。ですので、応援対象からネタを引き出して応援しやすくする仕組みをデジタル上に実現しました。

藤田 デジタル上でどのように展開しているのでしょうか?

矢野 デジタルにすると、“応援ネタの見える化”ができるんです。アプリには、社員のさまざまな側面を引き出すようなお題が設定され、毎朝、各社員に30字ぐらいで回答してもらいます。そのお題の中に仕事の要件とは関係ないことを入れておくと、周囲の人の知られざる一面が浮かび上がってくるんです。応援側は、ふだんは気づかなかった応援対象の顔を知ることができるし、応援するうちに自分も気持ちが前向きになっていきます。

 1日の応援にかかる時間はほんの数分ですが、日々の業務の中で起こるV字型コミュニケーションを自動的に三角形につくり変えていくことができますし、そうすることで組織を健全な状態に保つ効果がありました。

三角形の人間関係を求める普遍的な欲求

藤田 なるほど。この仕組みは、企業はもちろん学校や地域社会などさまざまなコミュニティで活用できそうですね。ウェルビーイングというと、人によって捉え方が異なりますが、幸せのあり方に違いはあれど、三角形の人間関係を求めることはすべての人に共通するのかもしれませんね。

矢野 その通りです。たしかにウェルビーイングに至るまでのプロセスや手段は人それぞれ違いますし、これらの「手段」は、多様にそして無限に生まれていくはずです。しかし、藤田さんがおっしゃったように、多くの人に当てはまる「普遍的な欲求」はあるはずです。そこに目を向けていけばいいのではないでしょうか。

藤田 幸福学の研究をされている前野隆司教授も、幸せの共通項として「良好な人間関係」を挙げています。「人が幸せを感じるものは何か?」といった共通項を見つけることが重要だと感じています。パーソナライズといった層別化などは、1つの手法でしかないということなのでしょう。

 日本ではなかなかウェルビーイングがビジネスとして成長していかない状況ですが、その理由の1つには、普遍的な共通項ではなく個別解にフォーカスしてしまっている部分があるのかもしれません。

「白か黒か」の二項対立の先にウェルビーイングがある

藤田 ここ3年ほどの新型コロナウイルスの流行は、ウェルビーイングとの関係の観点からどう感じていますか?

矢野 もちろん影響は小さくありません。コロナ禍において、ある大きなプラスの進展があったと思っています。それは、変化の必要性を真正面から見据えるようになったことです。

 特にここ20年は、日本企業の中に“昨日と同じ仕事ができていればそれでいい”といった甘い感覚があったように感じます。しかし戦後の経済成長期は、その先に明るい未来があるということを多くの国民が期待していたでしょうし、だからこそ投資もした。人口も増えていきました。現在と比べて挑戦も多かったはずです。