2022年12月5日、2022FIFAワールドカップ決勝トーナメント1回戦、日本、クロアチアに敗れる 写真/新井賢一/アフロ

(歴史ライター:西股 総生)

歴史家が考えるサッカー日本代表の敗因(1)https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73413

「個の力」の不足が敗因のすべてではない

 日本のサッカー界では、ワールドカップやオリンピックといった大きな国際大会の後に、必ず提起される言説がある。

「もっと個の力を向上させなければならない。そのためには、ヨーロッパの主要リーグでプレーする選手がもっと増えなくてはならない」という言説だ。これを「個の力論」と呼んでおこう。                            

 選手達が「個の力」の向上を口にするのは、当然である。強豪国と対戦すれば、ピッチの上で相手の「個の力」を体感するから、「自分ももっと上手く、強くならなければ」と思う。自分たちで戦術を決めたり、チームメイトを選んだりできない立場の選手たちは、自分自身に矢印を向けるしかないからだ。

 しかし、スポーツジャーナリストや解説者までもが、この言説に乗じる現状は、いかがなものかと思う。本当に「個の力」の不足が敗因だとしたら、同じ説明は論理的にはドイツにもスペインにも当てはまるはずではないか。ドイツ同様、1次リーグで敗退したベルギーや、そもそも今大会に出場できなかったイタリアについても、また然り。

 だとしたら、われわれはドイツ人やスペイン人たちの肩を叩いて、こうアドバイスしなければならない。「君たちはもっと個の力を向上させる必要がある。もっと、ヨーロッパの主要リーグでプレーするようにした方が、いいんじゃないのか?」と。

 このブラックジョークから、論理的に導き出せる真理は一つだ。「個の力」不足は敗因の一つではあるが、全てではない。「個の力」を向上させることが必要だとしても、それによって自動的に上位進出が達成できるわけではない、ということだ。というよりむしろ、敗因を論理的に分析できていないからこそ、「個の力論」に目が向くのではないか。

 具体例を挙げて考えてみよう。クロアチア戦での敗因をPK戦に求める考え方がある。日本選手はクロアチア選手よりPK戦の技術や経験に劣っていたから負けたのであり、日本代表はPK戦の訓練を強化する必要がある、というものだ。

 筆者は、この理解は間違っていると考える。なぜなら、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉があるように、勝因と敗因は必ずしも裏表の関係にならないからだ。

 今大会の決勝、アルゼンチン対フランス戦を考えてみるとわかるだろう。この決勝戦では、90分を戦って2-2の同点であったため延長戦に突入したが、120分を終えて3-3となったためPK戦に突入し、最終的にアルゼンチンが優勝トロフィーを手にした。

 したがって、アルゼンチンの勝因は間違いなくPK戦にある。では、フランスの敗因もPK戦なのだろうか。試合の全体を見ると、後半の途中までゲームを支配したのはアルゼンチンで、この間フランスはほとんど何もできていなかった。後半30分を過ぎてから巻き返して同点に追いついたフランスの胆力は賞賛されるべきだが、彼らの敗因は90分間の大半でゲームの主導権を握れなかったことにある、と見るのが正しい。

 まったく同じことが、日本にも当てはまる。クロアチア戦における日本の敗因はPK戦ではなく、120分の間に(本当は90分間で)に相手ゴールにとどめの一撃を突き刺せなかったこと、に尽きる。前回指摘したように、4戦して得失点が5-4は勝ち抜けないのだ。とどのつまり、「守備は構築できたが、攻撃は構築できなかった」ことが、日本の敗因に他ならないのである。

 この認識に、「個の力論」では問題を解決できない、という認識を重ねてみよう。ドイツ戦・スペイン戦における鮮やかな逆転劇は、いずれも選手交代が奏功した結果だ。交代策によって選手の力を爆発させるブースト効果によって、勝利がもたらされたのである。

 だとしたら、うまく使えば強豪国に対抗できるだけの「個の力」は、日本代表には自力として備わっていたことになる。にもかかわらず攻撃を構築できなかったのは、「個の力」を十全に発揮させられるような、攻撃の組織化ができていなかったから、という結論を導き出すことができる。どんな高性能な兵器も、適切な戦術のもとで使用しなければ威力を発揮しないのと、同じ原理である。

 この敗因について、直接的に責を負うのは森保監督である。ただし、ひとり森保監督を「愚将」と呼んで、問題が解決するわけではない。前回指摘したとおり、そもそも指揮官を「名将か愚将か」と二元論的に評価すること自体が、正しくないからだ。

 では、今大会おける日本代表の真の敗因は、どこに求めればよいのだろうか?(つづく)

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