諸外国に比べて社会のデジタル化が遅れている日本。デジタル庁を旗振り役にデジタル社会の実現を目指しているが、その歩みは遅々としている。なぜ日本ではデジタル化が進まないのか──。長年、政府のデジタル化プロジェクトに関わってきた専門家が根源的な理由を語る。
(榎並 利博:行政システム株式会社 行政システム総研 顧問、蓼科情報株式会社 管理部 主任研究員)
「マイナンバーとマイナンバーカードは違います!」
このように政府が躍起になって説明していることが、我が国のデジタル化の遅れを象徴している。デジタル庁が創設されて1年、デジタル庁は我が国のデジタル化の司令塔としての役割を果たし、諸外国並みのデジタル政府およびデジタル社会を実現することが期待されている。
この1年間の成果として、ホームページのデザインを一新、重点計画の策定や新型コロナワクチン接種証明書アプリの提供などが報告された。しかし、重点計画には素晴らしい文言が並んでいるあるものの、コードの統一化・データの標準化というシステム設計上の大原則については何も触れていない。これらは国全体の最適化を図り、効率的な仕組みを構築するため必要不可欠なものだ。
特に、個人を特定するためのマイナンバー活用はあらゆる行政サービスの基盤となる。政府もそれを理解していながら触れず、マイナンバーではなくマイナンバーカードを使いましょうと言っている。なぜマイナンバーという番号を使おうとしないのか、それは日本全体に「マイナンバーの呪い」がかかっているからだ。
我が国と諸外国でデジタル化の進捗が異なっているのは、技術力の差が大きいからではない。この呪いがかかっているか否かの違いなのだ。
この呪いを解き、「マイナンバーカードでマイナンバーを使いましょう!」という空気が醸成されない限り、韓国、エストニア、デンマークなどの先進事例をいくら参考にしても、我が国はデジタル先進国に絶対に追いつくことができない。
マイナンバーの呪いとは
マイナンバーの呪いとは、「番号は秘密だ」というものだ。
この呪いは住基ネット(住民基本台帳ネットワークシステム)の時にかけられた。諸外国では、「番号は秘密だ」とは誰も思っていない。もちろんパスワードや秘密鍵などは誰にも見せず、自分だけで秘密に管理しなければならないことは理解している。しかし、「マイナンバー」という個人を特定するIDが秘密だとは思っていないのだ。
自分の名前や住所が秘密だとは誰も思っていないだろう。しかし、名前や住所を勝手に使われたり、ネットで晒されたりするのは困る。そこで、このような人権侵害については個人情報保護法で国民を守っている。
マイナンバーも同じようなものなのだが、マイナンバーについては個人情報保護法ではなく、その特別法であるマイナンバー法でその利用範囲が厳格に決められ、罰則も定められている。
つまり、通常の個人情報とは異なる特別な個人情報として扱い、その取り扱いも厳格に定められている。使わないことで罰則は課せられないが、下手に使うと罰則を食らう。マイナンバーは「触らぬ神に祟りなし」、つまり使わない方が無難なのだ。
マイナンバー法ではその除外規定として、「生命、身体、財産の保護」のためにはマイナンバーを使って構わないと規定されている。しかし、いざ使ったらどのような目に遭わされるかわからない。他人の生命よりも、自分の身の安全の方が大事だ。だから大災害が起ころうが、マイナンバーが使われたためしがない。