ロシアの文豪、トルストイの『アンナ・カレーニナ』。作品が長く、また登場人物が多岐にわたり難解と言われるが、おおざっぱに言えば、エリート官僚カレーニンの美人妻アンナがイケメン貴族のヴロンスキーと不倫して最後は自殺する物語である。この歴史的名著をゴシップ好きの主婦が読み解く"超書評"の後編。自殺したアンナのセリフや美しさの描写は強烈で、稲妻のようにまぶしかった。
(若月 澪子:フリーライター)
※前編:「サレ夫」カレーニンに見えるプーチンの面影、『アンナ・カレーニナ』超書評(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/72001)から読む
アンナの兄のオブロンスキー(アンナの恋人ヴロンスキーと名前が似ているから紛らわしい)は、とにかく出てくるだけで面白いおじさん。女好きで、陽気で華やかなキャラクターだ。
物語の冒頭、オブロンスキーがレストランで牡蠣を食べるシーンは最高だ。オブロンスキーは妻に浮気がバレて、夫婦関係の修復に悩んでいる。一緒に食事をしているのは、親友で真面目男のリョーヴィン。
オブロンスキーが牡蠣をタタール人の給仕に注文するやりとりは、まるで「東京03」のコントだ(オブロンスキーは角ちゃん、真面目男リョーヴィンは飯塚、タタール人の給仕は豊本でどうだろう)。
(オブロンスキー・角田)「じゃあきみ、牡蠣を二十、いや足りないか……三十だな、それから根菜スープ……」
(タタール人給仕・豊本)「プランタニエール(春野菜:著者補足)のスープでございますね」
タタール人が相槌をうつ。だが、オブロンスキーはどうやら給仕に料理の名前をフランス語でいわれるのが気に食わないようであった。
(オブロンスキー・角田)「根菜だ、いいな? それからヒラメの濃いソースかけ、それから……ローストビーフ、できのいいやつだぞ。それに去勢鶏かな、それと果物の蒸し煮だ」
料理の名前をフランス語のメニュー式に呼ぶのをきらうオブロンスキーの呼吸を呑み込んだタタール人は、いちいち注文を復唱しはしなかったが、最後にまとめて、いかにも満足そうに全注文をメニューのとおりくりかえした。
(タタール人給仕・豊本)「スープ・プランタニエール、テュルボ・ソース・ボーマルシェ、プラールド・ア・レストラゴン、マセドワーヌ・ド・フリュイ……」(『アンナ・カレーニナ<1>』光文社古典新訳文庫 Kindle版)
フランス語がイヤなオブロンスキーと、わざわざフランス語で言い直すタタール人の応酬が失笑を誘う。
その後、オブロンスキーは自分の浮気をリョーヴィンに打ち明ける。その時の真面目なリョーヴィンの反応が面白い。
(オブロンスキー・角田)「こういうわけさ。たとえばきみが結婚していて、妻を愛しているとしよう。だがきみは別の女性に惚れてしまった……」
(リョーヴィン・飯塚)「悪いが、ぼくにはそういうのはまったく理解できないね。たとえば……今のぼくみたいにたらふく食ったばかりの人間がたまたまパン屋の前を通って、通りがかりにひょいとロールパンを一個盗むなんてのは理解できないだろう。それと同じさ」
オブロンスキーの目が普段よりもさらに輝きを増した。
(オブロンスキー・角田)「なぜだい?ロールパンてのは、時にはつい手がでるほどいい匂いをさせてるじゃないか」(『アンナ・カレーニナ<1>』光文社古典新訳文庫 Kindle版)
不倫を開き直るオブロンスキー。だが、なぜか憎めないキャラだ。