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カラフルな鮮魚が並ぶ沖縄の市場(写真:アフロ)

(文:佐々木貴文)

中国の軍事演習で八重山の漁民は衝撃と経済的損失を受けている。漁業衰退が前提になってしまった状況を映し、このニュースもさほどの関心を呼ばないが、国境域住民の生活は国土の安定に直結する。「国境産業」としての漁業の重要性を安全保障から捉え直す必要がある。

午前4時、航行警報発表

 2022年8月3日の午前4時、海上保安庁は「日本航行警報」を発表。日本の西端、八重山諸島(石垣市・竹富町・与那国町)の沖合や台湾南部に警報区域を設定した。ナンシー・ペロシ米下院議長が台湾を訪問したことに対抗する、中国の「重要軍事演習」に合わせての設定であった。

 中国の「重要軍事演習」は、投入された火力の大きさもさることながら、実施された区域が、これまでより地理的にかなり踏み込んでいたことで注目された。台湾海峡の中間線を無視、さらには台湾の主張する「領海」をも一顧だにしない姿勢を見せつけたのだ。

 そして、日本として何より問題であったのは、波照間島のすぐ沖合に設定された演習区域が、日本の排他的経済水域(EEZ)とかなりの部分で重複していたことだ。もちろん、別の演習区域が、与那国島沖合60キロメートルほどの日本のEEZ境界付近に到達していたことも看過できなかった。

 今回の「事件」は、ウクライナ侵攻を後景に、北方領土問題やエネルギー資源問題、漁業問題などで日本に揺さぶりをかけてくるロシアの存在がクローズアップされる中での出来事であり、日本を取り巻く国際環境が、北から南まで全方位的に厳しさを増していることを国民に痛感させるものとなった。

初めてのミサイル「落下」

 海上保安庁によって航行警報が出された翌日、厳しい国際環境がより浮き彫りになる。防衛省は、8月4日の午後3時から4時過ぎにかけて中国軍が9発の弾道ミサイルを発射、そのうちの半数以上となる5発が日本のEEZ内に「落下」したと発表した(防衛省「中国弾道ミサイル発射について」令和4年8月4日)。これは、中国のミサイルが日本のEEZに「落下」した初めてのケースでもあった。

 防衛省は控えめに「落下」が「推定」されるとしたが、5発は浙江省や福建省の沿岸から発射され、500~650キロメートル程度飛翔し、「波照間島の南西に設定されている訓練海域内の我が国EEZ内」に「落下」したと詳報した。また、残り4発のうち1発についても、福建省沿岸から発射され、与那国島の沖合に到達したと推定した。

 中国が海洋進出を活発化させ、台湾海峡危機のリアルがかまびすしく語られるようになる中での出来事だっただけに、2022年3月24日に北朝鮮が発射した新型ICBM(大陸間弾道ミサイル)が青森県沖約150キロメートルの日本のEEZ内に「落下」した際よりも、波紋は大きかったように思われた。

出典:防衛省「中国弾道ミサイル発射について」(令和4年8月4日)

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