(小林偉:放送作家・大学講師)
約20年ぶりのフル・パフォーマンス
その日、会場に集った音楽ファンは非常に幸運でした。
7月22~24日の3日間、アメリカ・ロードアイランド州にあるフォートアダムス州立公園で、1959年から続く伝統の音楽イベント、ニューポート・フォーク・フェスティバルが行われました。
その最終日の24日、メインステージに78歳のアーティストがサプライズで登場。世界中のファンを驚かせたのです! そのアーティストの名は、ジョニ・ミッチェル。
カナダ・アルバータ州出身の彼女は1960年代半ば頃から音楽活動をスタート。最初はソングライターとしてその名を知られるようになり、1968年には自らもシンガーとしてデビューを果たしています。
その後は様々なメッセージを込めた美しい歌詞と、フォークやジャズなどの要素を巧みに取り入れた曲を、洗練された独特な演奏で紡ぐ、正に孤高のアーティストとして君臨してきました。しかし、10数年前から原因不明の難病に冒され、音楽活動の停止を余儀なくされていたのです。
この日、ジョニ・ミッチェルの復活に力を注いだのは、グラミー賞を3度受賞しているシンガー・ソングライター=ブランディ・カーライル。昨年、ジョニがケネディセンター名誉賞を受賞した際、彼女はジョニの代表曲(素晴らしいクリスマスソングでもあります)の一つ『RIVER』をパフォーマンスしたほど、ジョニのファンを公言しています。
そんなブランディに紹介され、手を引かれてゆっくりとステージに登場したジョニに待っていたのは・・・大歓声。居並ぶバック・バンドには、マーカス・マムフォードや、テイラー・ゴールドスミス、ブレイク・ミルズ、ワイノナ・ジャッドなどなど、豪華な顔ぶれが揃っています。その真ん中の椅子に座ったジョニのライヴがスタート。
ブランディらのサポートを受けながら、要所要所で力強い歌声を披露していましたが、6曲目の『JUST LIKE THIS TRAIN』では何と立ち上がり、ブランディによる「KICK US, JONI MITCHELL!(やっちゃって、ジョニ・ミッチェル!)」の掛け声とともに、かつてあのプリンスもコピーしたという独特なチューニングのギター演奏も!!
さらに圧巻だったのは、12曲目の『BOTH SIDES, NOW(青春の光と影)』。1968年にジュディ・コリンズへ提供され全米チャート8位の大ヒットとなった曲で、ジョニ自身も1969年と2002年の2度もセルフカバーしている(その33年の声の違いは映画『ラブ・アクチュアリー』の中で重要なネタとなっていました)彼女の代表曲です。
それまでブランディらに導かれての歌でしたが、これはジョニのソロ歌唱。
上手いとか下手とかいうこととは次元の違う、正に魂の歌声ですね。歌い出しの第一声を聴いた途端、真横のブランディや後ろに座る赤髪のワイノナ・ジャッドらが涙を流していたことが何よりの証左でしょう。
終わってみれば、何と13曲。サプライズ登場でしたので、多くても2~3曲だろうという当初の予想を覆す、およそ20年ぶりのフル・バフォーマンスとなりました。ちなみにこの日のセットリストは、以下の通り。
1. Carey
2. Come in From the Cold
3. Help Me
4. A Case of You
5. Big Yellow Taxi
6. Just Like This Train
7. Why Do Fools Fall in Love
8. Amelia
9. Love Potion No. 9
10. Shine
11. Summertime
12. Both Sides, Now
13. The Circle Game
彼女のファンならお分かりの通り、代表曲を網羅した選曲。
試運転という感じの再始動ですが、病を乗り越えての、このパフォーマンスは単に感動的という言葉以上の心の震えを、筆者は感じました。
最後にジョニ・ミッチェルの元カレであり、ファースト・アルバムのブロデューサーを務めたデビッド・クロスビー(CS&N)は、こうツイートしています。
“THANK YOU, GOD…OUR WORLD IS LITTLE BETTER TONIGHT”
(神よ、ありがとう。今夜、私たちの世界は少し良くなった)