文在寅・前大統領(写真:AP/アフロ)

(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

「政治報復か否か」などというテーマはもう議論するにも値しないのかも知れない。

 韓国の尹錫悦大統領は、文在寅政権時代の不正や疑惑を徹底して洗い直し、当時の政権幹部の法的責任を追及する肚を固めたようだ。

 そして検察による捜査の矛先は、文在寅前大統領にも向けられる可能性が否定できない状況になりつつある。

尹美香議員への追及が本格化

 5月26日、外交部は4件の文書を公開した。それは、李相徳(イ・サンドク)外交部北東アジア局長(当時)が韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協。現在改称し「正義連」)の尹美香(ユン・ミヒャン)代表(現議員)と4回面会し、日韓交渉の過程と合意の主な内容を事前に説明していたことを示したものだった。

 慰安婦問題日韓合意は、2015年12月28日に日韓外相会談でなされるが、そこに至るまでの交渉の動向を、李相徳前北東アジア局長は尹美香代表に逐一説明していた。今回公開された文書によれば、その年の3月、5月、10月、そして合意前日の12月27日に李局長は尹代表に会い、日本の責任認定問題、被害者への補償問題、謝罪表現の問題、慰安婦少女像の撤去問題、日本の責任痛感、安倍晋三首相の直接的な謝罪及び反省の表現、日本政府の予算10憶円拠出などについて説明している。

 外交部の李局長が、合意を事前説明したのは、慰安婦の人々の理解を得てこの問題を終結させるためであった。この間、尹代表は、自分を窓口にしてほしいと述べていたという。その一方で尹美香氏はこの情報を元慰安婦と共有せず、慰安婦合意を無効化させようとした。

 そして慰安婦合意が発表されるや否や、挺対協は「被害者と国民の望みを徹底的に裏切った外交的談合」との声明を発表した。逐一報告を受けていたはずの尹代表も、そのことをおくびにも出さず、朴槿恵政権が慰安婦被害者や被害者支援団体の意見を聞くこともせずに日本と合意したと非難したのだった。

 そうした声を背景に、2017年に大統領に就任した文在寅大統領が、日韓慰安婦合意について「民の大多数が心情的に合意を受け入れられないのが現実」と言及。結局、日本側が元慰安婦支援のために設立した和解・癒し財団を解散され、慰安婦像の撤去・移設も実行されないままとなっている。まさに慰安婦合意を無効化させようとした尹代表の思惑通りに事が進んだということになる。

 そういう意味では、文在寅政権と尹代表は不即不離の関係にあったと言えるだろう。