ルーマニア国境で父親と分かれる女の子。同じような悲劇が各地で繰り広げられている(写真:ロイター/アフロ)

(岩田太郎:在米ジャーナリスト)

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が2月24日にウクライナへの侵略戦争を開始して、1カ月が経とうとしている。制空権を確保できないロシア軍は、士気の高いウクライナ軍や市民の頑強な抵抗に直面し、当初の短期決戦の計画が崩れた。

 米シンクタンクの戦争研究所(ISW)は3月20日の報告書で、「戦況は(停戦に向かうのではなく)現状が変化しない膠着状態に陥りつつあり、数週間、数カ月に及ぶだろう。そのように長引けば、さらに膨大な数の死傷者が出る、非常に暴力的で血生臭いものとなるだろう」との見立てを示した。

 報告書はさらに、「ロシア軍は、首都キーウ(キエフ)や主要都市のハルキウ(ハリコフ)およびオデーサ(オデッサ)を制圧できるだけの兵力も兵器もない」と結論付けている。

 プーチン政権が政治的に追い詰められる中、ロシアの軍事政策に詳しいユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)のマーク・ガレオッティ名誉教授は3月13日付の英サンデー・エクスプレスに寄稿し、「プーチン大統領は攻撃をエスカレートさせると見ておくべきで、そこには化学兵器の使用が含まれるかもしれない」と警告した。

 また、3月18日に開催された国連の安全保障理事会では、ロシアが「ウクライナで生物兵器が開発されている」と主張していることについて会合が持たれたが、米国のリンダ・トーマス=グリーンフィールド国連大使は、「ロシアこそ、ウクライナの人たちに対して生物兵器や化学兵器の使用を計画している可能性がある」と指摘した。

 ジョー・バイデン米大統領も3月21日、「プーチン大統領は追い詰められており、米国とウクライナが生物兵器や化学兵器を有しているとも主張している。これはプーチン大統領が両兵器の使用を検討している明確なサインだ」との見方を示した。

 だが、そこに至る道には、まだ数ステップの段階が踏まれるのではないかと思われる。

 まず、プーチン大統領が生物化学兵器を使用する決断をすれば、ロシアのさらなる国際的な孤立と、経済・金融制裁のより強い締め付けになって返ってくることは確実だ。また、ウクライナ人から深い怨恨を招き、ロシア「勝利」後のウクライナ統治が著しく困難になろう。

 そのため生物化学兵器の使用は、ロシアにとって戦況を劇的に改善させ、将来のウクライナ支配を容易にするものでなければ、費用対効果に見合わないものになる。では、使うとすれば、どのタイミングになるのか。

3月18日、クリミア併合の記念行事に出席したプーチン大統領(写真:ロイター/アフロ)