(文:真野森作)
ロシア南西部のチェチェン共和国ではLGBTQ(性的少数者)の人々に対する激しい弾圧が起きている。独立紛争の末にプーチン大統領に忠誠を誓うカディロフ親子が権力を握り、異色の文化が形成されたチェチェンの病理を、現地を取材した筆者が報告する。
ロシアのウラジーミル・プーチン政権がウクライナ国境付近に大規模な軍勢を展開し、国際社会を緊張させている。
実は、政権の強硬な動きは安全保障や外交面だけでなく、内政においても現れている。背景にあるとみられるのが、今年70歳を迎えるプーチン氏のレガシー(政治的遺産)づくりや、2024年大統領選で再選を果たすための下準備という狙いだ。
ロシア国内では伝統的価値観や愛国主義を旗印とした市民社会への抑圧が勢いを増し、民主・人権活動家やジャーナリスト、さらにはLGBTQ(性的少数者)の人々が標的にされている。
中でも性的少数者への激しい弾圧が起きているのが、ロシア南西部のチェチェン共和国だ。『ポスト・プーチン論序説 「チェチェン化」するロシア』(東洋書店新社)を昨年9月に刊行した筆者が、ロシアとチェチェンを巡る現在進行形の病理を報告する。
ロシアの人権侵害と戦い続けるノーバヤ・ガゼータ紙
「世界は、もはや民主主義に対する愛情が冷めてしまい、独裁政治の方を向き始めた。我々は、人権と自由を通じてではなく、テクノロジーと暴力によって発展を成しえるという幻想を抱いてしまっている。自由を伴わない進歩? それは、牛を飼わずしてミルクを得ようというくらい不可能です」――。
2021年のノーベル平和賞を受賞したロシアの独立系紙「ノーバヤ・ガゼータ」のドミトリー・ムラトフ編集長(60)は、昨年12月の授与式でのスピーチでこう強調した。
「新しい新聞」という意味の社名を持つノーバヤ紙は、ソ連崩壊後の1993年に創刊した。ロシアでは稀有な独立系リベラル紙で、国内の人権侵害や対外軍事行動の闇を果敢に報じてきた。ノルウェーのノーベル賞委員会は、強権体制の下で「民主主義と恒久的平和の前提条件である表現の自由を守るための努力」を続けてきたことを授賞理由に挙げている。
同時受賞したフィリピンのジャーナリスト、マリア・レッサ氏と共に、「逆境の中で理想のため立ち上がる全てのジャーナリストの代表」という位置づけだ。
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