宮城県気仙沼市での防潮堤の工事(2016年2月、写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)

「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」ということわざがある。用語検索サービス「コトバンク」(https://kotobank.jp/)によると、「不用意に口にした吸い物の熱さに懲りて、膾や和え物のような冷たい料理までも吹いてさます。一度の失敗にこりて、必要以上に用心すること(ことわざを知る辞典)」という意味である。日本人は昔からこの傾向が強い。なにか一事が生じると、慌てふためいて過剰に大騒ぎをするのである。だからこんなことわざができたのであろう。

 わたしが記憶していることでいえば、2004年に六本木ヒルズで、6歳児が回転ドアに挟まれて死亡した事故が思い出される。この事故は大きく報じられた。今後、回転ドアを通るときは、子どもには気を付けさせるように、といった注意程度では済まなかった。国交省と経産省は事故防止のためのガイドラインを発表した。全国の回転ドアの総点検がなされ、機能の改善が求められるなど、徹底した安全対策がとられたのである。

 2010年には、100円ライターを子どもがいたずらをして火事になる事故が発生した。これも、親がライターを放置しないように、というだけでは済まなかった。わたしはそれだけの問題じゃないかと思ったが、翌年にはしっかりと法規制されるようになった。業者は、子どもの力では着火できないように着火スイッチを重くしたり、ストッパーをつけたり、操作を2段階にしたりと、作り替えを余儀なくされたのである。その結果、大人にとってもスイッチが重く感じられ、往生したものである。

 2015年、71歳の男が新幹線で焼身自殺をした。52歳の女性が巻き添えで亡くなり、26人が重軽傷を負った。このときマスコミは、新幹線が悪いわけでもないのに、「安全神話が崩れた」と騒いだ。乗客の手荷物検査が必要ではないかというバカな議論も浮上したが、さすがにこれは実施されなかった。

 これらはいずれも死者が出たり、火災が起きたりした問題だから、ことわざの例としては適切ではないかもしれない。だがことわざの真意は、少々極端でも予防のための準備をせよ、ということではなく、気が動転するあまり、ばかげた過剰な対応をするなといっているのであろう。