【天職】
同じような体験をした男がいた。
座間市の会員制スーパー、生活クラブ「デポー」の鮮魚売り場で働いている30代の佐藤武晴(仮名)は、買い物客の前で巧みな包丁さばきを見せていた。彼にも20代からの8年間、自宅に引きこもっていた期間があった。
工業高校を卒業すると、溶接技術を生かして県内の中小企業に就職した。だが、会社は社員がなかなか定着せず、常に人手不足のため、仕事に追われる日々を送っていた。
「朝8時から夜11時まで、切れ目なく働いていましたね」
そして、限界を超えてしまう。緊張を強いられたり、負荷がかかったりする状態になると、必ず頭痛に襲われるようになったのだ。当然、仕事は続けられず、自宅に引きこもる日々が続いた。昼間からゲームをして、気がつくと深夜になっていた。
たまに、トラック運転手だった父親の荷下ろしなど家のことを手伝いはした。だが、仕事に就く気に、どうしてもなれなかった。
「働くことが怖くなっちゃったんです」
「働かなければ」という思いはあった。両親もいずれはリタイアする日が来る。そのことを考えれば、いつまでも親を頼り続けるわけにはいかない。だが、溶接工時代の苦い記憶が脳裏をよぎり、働くことに対する不安や恐怖がある。そんな焦りと不安の間で揺れ動いている間に、8年という年月が過ぎた。
だが、8年目のある日、佐藤は偶然、就労準備支援を手がける「はたらっく・ざま」のチラシを目にする。座間市役所がはたらっく・ざまなど市内で活動する就労支援組織と組んで実施している相談会のチラシである。
はたらっく・ざまは、生活クラブ生協、NPOワーカーズ・コレクティブ協会、さがみ生活クラブの三者による共同企業体。チラシには自立や就労が難しい人を支援しており、その準備段階として生活訓練や就労体験といったサービスと提供すると謳っていた。
「自分も当てはまるかもしれない」。そう感じた佐藤はチラシを握りしめた。2019年2月のことである。
佐藤は、これが動き出すきっかけとなった。
もちろん、佐藤もハローワークの存在は知っていた。ただ、ハローワークは隣の厚木市にあるため、電車に乗って行く必要があった。だが、はたらっく・ざまならば、自転車で行くことができる。そんな気軽さもあって、佐藤はセミナーに参加した。2019年2月のことだ。
セミナーに参加した佐藤は、はたらっく・ざまの生活訓練を受けた。さらに、座間市の3カ所で「仕事」を体験した。体育館の清掃、配送センターの荷下ろし、そしてデポーの鮮魚部門の3カ所で週2日、それぞれ3カ月の体験実習である。そうしているうちに、魚をさばく仕事に関心を持った。
「これなら、続けられるかもしれない」。そう感じた佐藤は、正式にデポーの採用面接を受けて、就職を果たす。思い返せば、生活訓練をした時から調理実習が楽しく、料理に対する興味がわき始めていた。
佐藤は今、デポーの鮮魚売り場で週3日勤務している。当初、接客は厳しいと考えていたが、同僚のサポートもあり、無難にこなしている。
「自宅でも、魚をさばく動画を見て練習しています。今後はカツオやマグロなど大きな魚をさばきたいですね」
座間市・生活援護課の取り組みに参加したことをきっかけに、引きこもり人生にピリオドを打った。そして、自分に合った天職に出会うことができた。