対談する金田信一郎氏と私(左)。「日経ビジネス」で同じ釜のメシを食った仲(写真:木村肇、以下同)

 2020年4月に食道がんを宣告された作家・ジャーナリストの金田信一郎氏は東京大学医学部付属病院に入院したが、東大病院に不信感を持った金田氏はセカンドオピニオンを取得した国立がん研究センター東病院に転院する。そこで、食道がん手術で豊富な実績を持つ名医に出会うが、最終的に手術自体を回避、放射線治療に切り替える。そして、今は全身からがんが消えている──。

 なぜ東大病院を逃げ出し、手術を回避したのか。『ドキュメント がん治療選択』を上梓した金田氏に話を聞いた。(聞き手、篠原匡:編集者・ジャーナリスト)

※前編「食道がんステージ3から生還した男〜『切らない』という選択」から読む

──前編からの続きですが、なぜ藤田武郎氏という食道がん手術の名医に出会ったのに、手術を回避したのでしょうか。金田さん自身、藤田先生のことは信頼していましたよね。

金田信一郎氏(以下、金田):もともと大変な手術になるなと思っていたけど、手術をやめようと思った最大のきっかけは、日経新聞の論説委員を務めた吉野源太郎さんからの電話だね。

 吉野さんが大病を患ったのは聞いていたけど、彼も食道がんのステージ3で、10時間にわたる手術を受けたんだよ。おそらく、肋骨を折って肺を一つ潰すという開胸の大手術だったと思う。その手術自体も壮絶だけど、それ以上に吉野さんが大変だったのは手術後の生活で。

 食道を全摘して、胃も半分ぐらい切って、細くして引っ張り上げて喉につないでいる。だから、食道だけでなく、胃も食事を貯め込む機能がほとんどなくなっている。それで、「食欲がわかない」という。あと、胃と食道のつなぎ目にある弁もないので、横になると、食べたものや胃酸が上がってきてしまう。体重も18キロやせたらしく、食べられない上に、体力が回復しないから、取材も出張もまず無理だという。本人も、「壮絶ですよ」と言っていた。

──大変ですね。

金田:食道がんの手術経験者が書いているブログがいくつもあるんだけど、それを入院している時に読んでいたんだよ。

 例えば、ある30代の男性のブログは、食道の全摘手術の後、回復していく様を書いていた。彼は手術後、5年ぐらい生きているようだけど、2年目や3年目になっても、とんかつやラーメンを食べようとして逆流してしまう様子を書いている。胃がないから少量しか食べられないので、体重が7掛けぐらいに落ちてしまう。そういうブログを見ていて、「手術すると、そういう生活になるのか」と。

 そもそも私の体重は52kgだから。7掛けになると36キロになってしまうわけ。165cm、36kgってあり得ないじゃん。バレリーナじゃないんだから。そういうことを考えていた時に、吉野さんから電話があって、「私は手術をしてはいけないな」と。

──今こうして普通に会っていますが、手術していれば、動くこともままならなかったかもしれませんね。

金田:体重がそれだけ落ちれば、こんな猛暑の中、動く体力もなかったかもしれないね。食事もやわらかい食事を、何度にも分けて頻繁に取らなければならない。そもそも、私は1日1食か2食だったのよ。だって、記者って強烈に忙しいじゃない。それが、1日5食も6食も小刻みに食べなければならないって、かなりの負担だよね。しかも、外食は当分、できそうもない。手術して、確率論的に少し寿命が延びたところで、取材や出張に出られず、原稿が書けないとしたら、そもそも生きている意味がないんじゃないか、と。

──何のために生き延びるのかという話ですね。

「壮絶」と語られる食道がんの術後生活