平壌のデパートで化粧品を眺める北朝鮮女性。資生堂やDiorの化粧品が並んでいる(写真:AP/アフロ)

◎2話目:「金利」という言葉を知らない北朝鮮人は現金をどこに隠すのか(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65866)
◎3話目:トイチにトサンも、みんなが高利貸しに走る北朝鮮の財テク事情(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65891)
◎4話目:“売買”可能な物件とできない物件に分かれる北朝鮮の不動産事情(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65909)

 北朝鮮の一般の人々は給料を北朝鮮ウォンで受け取る。外貨を手にすることも、稼ぐこともまずない。

 一般労働者の給料は平均3000~4000北朝鮮ウォンで、日本産タバコ「セブンスター」の値段が1箱2万ウォンということを考えると、1カ月分の給料はセブンスター3~4本になる。

 実際の為替はというと、2021年6月時点で1円=450北朝鮮ウォンである。1万円なら450万北朝鮮ウォン。北朝鮮の平均的な労働者が93年間、月給をまったく使わずに貯めてやっと1万円になる計算だ。

 もっとも、北朝鮮の国民は、その多くが韓国ウォンや中国元などの外貨をしばしば使っている。生活の上で必要な日用品の中には外貨で取引されるものも多く、賄賂を支払う際に、外貨を要求されるケースがほとんどだからだ。

 とりわけ特権階級は北朝鮮ウォンよりも外貨を好んで使う。彼らの中で人気のある海外製品と北朝鮮の物価水準があまりに異なることが主たる理由だが、特権階級が北朝鮮ウォンを信用していないという側面もある。

 北朝鮮で外貨が好まれるようになったのは80年代半ば頃からだ。ソ連や東欧圏の社会主義国家が崩壊し、事実上、ドルを中心とする国際通貨市場に吸収されたことで、北朝鮮の外貨に対する選好度が急増し始めた。

 当時、北朝鮮が外貨を獲得するうえで重要な役割を果たしたのは日本円である。

 1950年代末から1980年代半ばまで実施された在日朝鮮人の北送(北朝鮮への帰国事業)とその余波で、90年代末までは、日本から帰国した同胞の家族や朝鮮総連が北朝鮮に送る寄付金が外貨の流入の中心を担った。

 日本にいる親兄弟から送られる日本円は年50万円から数百万円に達した。また、日本から送られる家電製品や中古乗用車、様々な生活用品も、外貨(当時は円やドル)でのみ購入可能な北朝鮮の市場の育成に大きな役割を果たした。

 階級を重視する北朝鮮で帰国者が政治階層の主流派に属することはなかったが、外貨の調達と外貨による消費の両面で、北朝鮮経済に活力を吹き込む存在だった。