全村避難を悲観、自ら命を絶った村の最長老
その後も私の飯舘通いは続いた。
飯舘村は国からの指示を受け、全村避難の方針を決めた。土も地下水も放射能で汚染されていた。ここでの生活を続けるのはもはや無理だ。4月に入ると、計画避難についての住民説明会が開かれ、避難に向けての準備が始まった。
「本の森いいたて」は、村の中で唯一の活字文化の発信地だ。本屋というものが一軒もなかった村に、このお洒落な本屋がオープンしたのは95年2月。活字文化を広め、本を読むことの楽しさを知ってもらおうという村の文化事業だった。以来、読書会や文化イベントの企画などを通して、子供から大人まで幅広い年代に親しまれてきた。その「本の森いいたて」も、16年の短い歴史に終止符を打つことになった。
店内では、副店長の高橋みほりさんとアルバイトの男子大学生が閉店準備に追われていた。
「地元の小学生や中学生がよくこの店に遊びに来て本を買ってくれました。当たり前の話ですが、子供達にとって本を読むことはとても大切なことです」
「やっと地域に根付いたと思った矢先の閉店ですから、寂しいという思いはあります」
小さな二人のお子さんと折り紙にクレヨンで「がんばんべぇーふくしま」と書きながら、高橋さんは名残惜しそうに店内に並べられた本を見回した。しかし、すぐにきっぱりと言い切った。
「ただ、今は一日もはやく避難したいと思っています」
「二人の子供の健康や将来を考えると、村に対する愛着なんてあっさり棄てられますよ。安心して住めるようになるまで、絶対に戻ることはありません」
そう言い切る高橋さんの顔は、小さな子供を守る母親の顔だった。
住民のそれぞれの想いや不安をひっくるめて、計画避難の準備は進められていた。そんな矢先、102歳の老人が自らの命を絶ったというショッキングな話を聞いた。亡くなったのは大久保文雄さん。自宅を訪ねると、お孫さんだという男性が応対してくれた。
「じいちゃんはこの村に骨を埋めようと思っていた。でも、思いもよらぬ事で村を棄てなきゃならんというとになり、毎日暗い顔で塞ぎ込んでいた。村を離れたくはなかったんでしょう。それに、家族の足手まといになると考えると、とても耐えられなかったのでしょう・・・」
話からは、100歳を超えてもまだかくしゃくとした大久保さんの様子が偲ばれた。玄関の先の座敷に祭壇が飾られていた。祭壇の上の大久保さんの遺影が灯籠の灯に浮かび上がっていた。
「こんな事があっていいのか・・・」
憤りなのか、悲しみなのか、行き場のない感情が胸を塞いだ。