連載「実録・新型コロナウイルス集中治療の現場から」の第36回。ワクチン接種開始を前に、今必要なのは科学的データに基づく客観的な情報とわかりやすい説明だ。アメリカで新型コロナウイルスワクチンの臨床試験に共同研究者として携わっている紙谷聡先生に、ワクチンの「ホント」を讃井將満医師(自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長)が訊く。
いよいよワクチンの接種が始まろうとしています。接種が広がれば新型コロナウイルス感染症を収束に向かわせるという期待がある一方で、「効果があるのかよくわからない」「副反応が怖い」といった声も耳にします。皆さんはワクチンを打ちますか? それとも打ちませんか? その判断に必要なのは、科学的データに基づく客観的な情報です。そこで今回は、アメリカで新型コロナウイルスワクチンの治験(臨床試験)に携わっている紙谷聡先生に、ワクチンについてわかりやすく解説していただきます。
免疫に戦い方を記憶させる
讃井 まず基本的な質問ですが、ワクチンとはどのようなものなのでしょうか?
紙谷 ばい菌(ウイルスや細菌など)が体に入ってくると、体はその侵入を、あるいは体の中でばい菌が増えようとするのを防ごうとします。この自衛隊のような防御システムを免疫といい、白血球をはじめとする免疫細胞などがばい菌と戦います。
ただ、相手が初見のばい菌だと、免疫は非常に苦戦するんです。見たこともない敵だと、どうしても効率的な戦い方がわからないんですね。でも、免疫は1回目の戦いを通じて戦い方を記憶する能力があって、「このばい菌の弱点はここだ。次に来たら、こうやって戦うぞ」というのを記憶します。ですから、2回目の戦いでは、免疫は効率よくばい菌をやっつけることができるんです。
ワクチンの目的は、1回目のばい菌の侵入を真似することです。それによって免疫に戦い方を記憶させようというもので、実戦ではないけれど限りなく実戦に近いトレーニングを免疫にさせるというイメージです。本当の感染ではないので、体に対しての害が本来の自然感染よりも極めて少ない点がメリットになります。
讃井 ワクチンにはさまざまな種類がありますが、いずれも「感染の模倣」が基本戦略というわけですね。
紙谷 はい。昔からある方法としては、生ワクチンと不活化ワクチンがあります。生ワクチンは、ばい菌の毒性や感染する力を弱めたもので、弱いながらも生きています。不活化ワクチンは、ばい菌を殺して成分だけにしたものです。このふたつが2大巨頭でしたが、先端的な製法が生まれて、現在は他にもさまざまな種類のワクチンがあります。