連載「実録・新型コロナウイルス集中治療の現場から」の第35回。新型コロナウイルス感染症で病床が逼迫する中、感染患者は入院前に高度な医療の断念を迫られている──「治療の選択」の本来の意味と、それが崩れている現状を讃井將満医師(自治医科大学附属さいたま医療センター副センター長)が訴える。
1月20日、日本医師会の中川俊男会長は会見で、「現状のままではトリアージもせざるを得ない。助かる命に優先順位をつけなければならない。それは何としても避けたい」と、新型コロナウイルス感染症拡大による医療逼迫への危機感を改めて訴えました。
トリアージとは、災害発生時などに多数の傷病者が発生した場合に、緊急度や重症度に応じて治療対象に優先順位をつけること、すなわち、できるだけ多くの命を救うために誰を優先して治療し、誰を後に回すかを決めることです。このような、いわば「命の選択」は、医療スタッフや医薬品などの医療資源に限りがある中で、それを最大限に活用して一人でも多くの人を救うために、やむなく行われます。
現在、新型コロナウイルス感染症治療に使われる医薬資源の中で、医薬品、人工呼吸器や体外式膜型人工肺(ECMO、第3回参照)機器が足りないわけではありません。足りないのは、医療従事者やベッド、特にベッドです。確かにマクロで見れば、日本は諸外国と比べても医療従事者やベッドの総数は十分あり、その配分がうまく行っていないだけ、すなわち相対的に不足しているだけかもしれませんが、ミクロで見れば、新型コロナの診療現場で実際に診療に当たる医療従事者、入転院を調整する保健所や都道府県の調整本部、そして患者にとって、目の前で起こっているのは絶対的な不足と変わりません。
https://www.nurse.or.jp/home/statistics/pdf/toukei10.pdf
https://news.yahoo.co.jp/articles/48e19432fa3d801611a9372a3052520bd0404e20?page=1
理由はどうあれ、ないものはない。結果として今まさに起きているのが、ベッド不足に起因する「命の選択」、すなわち誰にベッドを優先するかです。
たとえば、残りのベッドが1つしかない状況で、介護施設クラスターによって感染した寝たきり状態の95歳患者と、市中で感染した高血圧はあるが普段バリバリと仕事をされている50歳患者の入院要請を同時に受けた場合、50歳患者を優先せざるを得ないでしょう。95歳の方は、空く可能性の低いベッドが空くまで待つか、患者・家族によっては入院希望を取り下げるしかありません。その場合、介護施設でできる範囲のわずかな治療を行いつつ、ご本人の苦しみや不快を最大限に減らすことがゴールになるでしょう。結果として、亡くなる方もいらっしゃいます。現在、新型コロナウイルス感染症による死亡の一定数は、このような状況で亡くなった方なのです。