職場で起こった「ハラスメント事案」に対して、懲戒処分すべきか検討する際に、同種の事案判例があれば、判断の参考になる。民事訴訟で損害賠償が命じられた場合、「不法行為」であり「人権侵害」となるため、「職場においても許されない」と考えるべきだ。さらに、裁判所の審理・法律上の判断も変化しているので、その傾向をとらえることが重要である。

セクハラ裁判における「労働者の意に反する点」のとらえ方

 司法判断は、類似した事案の判決であっても、時代とともに移り変わっていく。ハラスメント事案については、その変化がかなり早いといえ、流れには一定の傾向がある。「過去に不法行為と見なされていたものが、現代では許される行為となる」ことはめったにないが、「過去に許されたものが、現代では不法行為と評価される」ことはままある現象だ。

 とくに「セクシュアルハラスメント(以下、セクハラ)」について、近年大きく変化してきたのは「労働者の意に反する」という点のとらえ方である。セクハラの構成要素としては、下記の2点が大きなポイントだ。

・性的な言動がある
・それが労働者(相手)の意に反している

「性的な言動」については、「言動」として第三者から見てもわかるため、客観的な判断がつきやすいが、「意に反するかどうか」は、行為を受けた側の内心に関わるものだけに、どのように表現されているかによって評価が分かれるところだろう。

「セクハラ」が認定された2つの判例

 内心は嫌で仕方がなかったのだが、相手が上司(顧客)であったため、それを表現することも、拒否もできなかった。もしくは、仕方なく笑顔で対応していた。このような場合、裁判ではどのように判断されているのか、2つの最高裁判所(以下、最高裁)の判決から見てみよう。

(1)Y社事件(最高裁判所第一小法廷判決 平成27年2月26日)
 派遣社員に対するセクハラ事案で、出勤停止及び降格の処分を受けた管理職者2名が、「処分が重すぎる」として会社を訴えた裁判である。

 高等裁判所(以下、高裁)では、一審の会社側勝訴が逆転し、懲戒を受けた管理職が勝訴となった。その理由としては、「会社側が、管理職者に弁明の機会を与えず懲戒した」という点がポイントだったが、セクハラ行為の違法性としての評価も、地方裁判所(地裁)とは異なる判断があった。

・高裁の判断
「むしろ、X(原告の管理職者)らは、いずれもA(被害を受けた派遣社員)とは仲が良く、本件各懲戒該当行為のような言動もAから許されていると勘違いした結果、それらの行為に及んだものと認められる」

「Xらが、Aから明確な拒否の姿勢を示されたり、その旨をY社から注意を受けたりしても、なおこのような行為に及んだとまでは認められない」

 つまり、1年余りにわたる露骨な性的発言や行動に対して、被害を受けた女性が「明確に拒否の姿勢を示さなかった」から、管理職者はその行為を改めなかった。もし、拒否されていたら行為をやめただろう、と裁判官は考えたのである。

 最高裁では、「懲戒処分は不当ではない」として、さらに逆転し会社側の勝訴となったのだが、被害者が「明確に拒否の姿勢を示さなかった」という点についても、高裁とは別の判断がなされている。

・最高裁の判断
「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたり躊躇したりすることが少なくないと考えられる」

 つまり、被害者は職場の人間関係の悪化を懸念してはっきり抵抗できなかったのだから、これを理由として原告に有利な事情とするのは適当ではない、と判断したのである。「被害者がはっきり拒否しなかったから、嫌がられているとはわからなかった」という行為者側の弁明をふさいだ形だ。

(2)A市事件(最高裁判所第三小法廷判決 平成30年11月6日)
 もうひとつ、もう少し最近の事案で、やはり被害者が拒否しなかったことについて、地裁及び高裁と判断が分かれた最高裁判決もある。

 地方公務員の男性が制服着用のままコンビニで女性店員にセクハラ行為を働いて懲戒処分されたが、その男性が「処分が重すぎる」として市を訴えた事案である。この判例でも、一審・二審では、被害を受けた女性店員がはっきり拒否しなかったという点によって、原告有利に判断していた。

 ところが最高裁では、「女性店員が終始笑顔で行動し、身体接触に抵抗を示さなかったとしても、それは客とのトラブルを避けるためだったので、男性に有利な事情として見るのは適当でない」と、それまでの判断を退けた。ここでも「拒否しなかった」という行動ではなく、被害者の「内心の不快感、嫌悪感」を重く見ている。

 職場でのセクハラ事案を判断する際にも、「被害者が、はっきりと拒否の姿勢を示さなかった」という事情があった場合、「第三者的に見て明らかに不快なできごとであるかどうか」に加え、さらに「被害者に、行為者との職場内での立場の違いから抵抗できなかった事情があるか否か」という点を、しっかりと考慮する必要があるだろう。

李怜香(り れいか)
メンタルサポートろうむ 代表
社会保険労務士/ハラスメント防止コンサルタント/産業カウンセラー/健康経営エキスパートアドバイザー
http://yhlee.org

著者プロフィール

HRプロ編集部

採用、教育・研修、労務、人事戦略などにおける人事トレンドを発信中。押さえておきたい基本知識から、最新ニュース、対談・インタビューやお役立ち情報・セミナーレポートまで、HRプロならではの視点と情報量でお届けします。