文=松原孝臣 写真=積紫乃
最初は営業職から
フィギュアスケーターのメイクのサポートという重要な役割を石井勲は担ってきた。
2007年に始まり、すでに十数年の年月が経つ石井は、コーセーに就職したときは営業職にあった。メイクに興味があり化粧品会社であるコーセーに入社したため、当初はメイクができる営業を目指していた。
「ですから入社後、メイクがしたいと言い続けました。様々な方とご縁があり、念願叶ってメイクアップアーティストの世界に進むことになりました」
その後、自分なりに勉強も重ねた。
「メイク技術に関する知識はほとんどなかったので、アイカラーの入れ方、リップラインのひき方をはじめ、社内の美容教育担当、先輩や上司に同行しながら、見て学び、聞いて学びを繰り返しました。膨らませた風船をモデルに、リップを塗るのを繰り返し練習したりもしました。動く風船にどんな力加減でタッチすれば上手くいくのかという練習です」
意思を明確に示すこと、それに伴う努力をすること。その2点を支えに、石井は念願のメイクアップの世界へと足を踏み入れた。そしてフィギュアスケートと、メイクアップアーティストという立場で接してきた。
最近は「演技と一体となる」メイクに変化
2007年から関わる中で、変化も感じ取ってきた。
「当初は、目元も口元も目立たせるような『強いメイク』が多かった印象です」
観客席から観ても引き立つように、ということだろう。ただ、現在は異なる。
「テレビ(の中継技術)が以前より発達していますので、世界観を高めるためにメイクに足し算、引き算を心がけ、演技と一体となるようなメイクを行っています。例えば、本郷理華さんの『インカンテーション(シルク・ドゥ・ソレイユ『キダム』より)』(2015-16SP) や『スリラー』(2014-15EX)などですね。大切なのは、衣装、曲、演じる役に合わせることです」
石井は、「メイクに正解はない」とも言う。だから大切にしていることがある。
「映画を観たり、美術館に行ったり、日々いろいろなところにアンテナを張っています。そこは意識しています」
石井が携わる期間の中、選手の活躍そして熱心なファンの存在とともに、日本は世界有数のフィギュアスケート強国となった。
「そこは選手たちの努力の賜物だと思います。日本の選手は特にストイックで、練習を欠かしません。海外の選手は、シーズンが終わるとバカンスをとったりする。日本の選手の活躍は、努力が結果に結びついているのかなと思います」
努力する日々、という点では、石井の足跡も重なる。
石井は、フィギュアスケートのサポートを続けてきたコーセーの強みは? という問いにこう答えた。
「メイクサポートをし続けてきたということは、強みとしてあると思います。どういう状況にあっても、やると決めて続けた継続性ですね」
継続は石井自身の足取りでもある。
「メイクの魅力は、自信が持てるようになるということ。外見が変わることで内面も変わり、自信が持てる。これはフィギュアスケートの選手に限らず、一般の方もそうです。スイッチが入る、それがメイクの魅力だと思っています」
コロナ禍でもメイクを楽しんで
メイクについてそう語る石井に、コロナ禍にある今、メイクアップに関するアドバイスを求めた。
「マスクをしての生活なので、アイラインを楽しんでほしいです。大きく印象が違ってきます。簡単ですけれど、ふだんのメイクよりちょっとだけ、目じりを跳ね上げたり、カラーラインを使ってみると目元の印象が変わってきます」
最後に、石井に尋ねた。
──メイクアップアーティストとは?
するとこう答えた。
「信頼ですね」
相手との信頼関係を築けるかどうかが重要だと考えている。
今シーズンは、新型コロナウイルスの影響で、従来とは異なり、選手と接する時間は少ない。連絡を取り合いながら、サポートをする日々だ。その中でも、これからを見据える。
「トレンドメイクを取り入れたりしていましたが、もっと強さを出していってもいいんじゃないかと思っています。ナチュラルと、行き過ぎ、というところの境界線じゃないけれど、世界観をより高めるための、つくりこんだような攻めたメイクはしていきたいですね」
メイクをしているときは「至福の時間」。選手の演技の世界観をより高めるために。そのために石井は、これからもサポートを続ける。
石井 勲
コーセー メイクアップアーティスト。自社ブランドのメイクアップデザインやCM、雑誌、ショーメイクのほかフィギュアスケートのメイクやアドバイス、アーティスティックスイミング日本代表のメイク監修などにかかわる。