EY連載:大変革時代における組織・人事マネジメントの新潮流(第20回)
インセンティブの高度化に不可欠な論点のひとつが、業績評価における非財務指標の活用の議論です。英国では2018年に改訂された「英国コーポレートガバナンス・コード 2018」および「取締役会の実効性に関するガイダンス(Guidance on Board Effectiveness)」において、経営幹部(執行取締役)のインセンティブが企業の「長期的価値」に基づいて設計されるべきこと、インセンティブの評価指標として財務指標とともに非財務・戦略指標を有効に活用すること、が謳われています。
また、日本においても、中長期的な企業価値向上の観点から、「コーポレートガバナンス・コード」、「CGSガイドライン」および、2020年7月に策定された「社外取締役の在り方に関する実務指針(社外取締役ガイドライン)」などにおいて、ESG要素をはじめとする非財務情報に関して多数の言及がなされてきています。一方で、これまで多くの日本企業は、「透明性」を名目として財務指標のみで役員報酬の業績評価を行ってきた傾向があります。
本稿では非財務指標の活用に関する国内外のトレンドを紹介しつつ、国際的なフレームワークの活用といった、企業における「長期的価値」をどのように検討するかについて、一緒に考えていきたいと思います。
【出典】
「英国コーポレートガバナンス・コード 2018」
「取締役会の実効性に関するガイダンス(Guidance on Board Effectiveness)」
「非財務指標の活用」が海外では一般的
「海外企業は結果責任、財務指標でデジタルに報酬が決まる」という認識が一般的になっていますが、特に短期インセンティブ(賞与等)の業績評価指標として、非財務目標を導入することが標準です。
例えば、英国大企業においては6割程度(※1)が、米国においても半数に近い大企業(※2)が非財務目標を用いています。非財務目標の内容としては、個人や役割ごとに定性的な目標を設定するケース(いわゆるMBOに近い方式)やバランスド・スコアカードなどの非財務の定量指標を用いるケースの両方があります。また、目標設定のウエイトとしては、(短期インセンティブ全体の)20~30%と一定の割合を占めるケースが多く、一方で最大でも50%と非財務目標が過半を占めるケースはほぼありません。
【参考資料】
※1:FTSE100企業、EY調査
※2:Meridian Compensation Partners “2019 Corporate Governance & Incentive Design Survey” (2019)の調査対象企業200社
「非財務情報の検討・ディスクロージャー」が日本でも重要なテーマに
「CGSガイドライン」の冒頭の問題意識のパートで「投資家・株主が企業の持続的成長や中長期的な企業価値向上を評価する上で、ESG(環境・社会・ガバナンス)の要素が重要になっています。企業経営においても、自らの価値観やビジネスモデル、リスク、戦略などをこれらの要素を踏まえて統合的に考え、示していくことが求められており、それらを規律付ける要としてガバナンスの在り方が問われている」と示されています。このように、ESG要素を中心とする非財務情報をどのように統合的に考え、それを示していくかは、日本企業の喫緊の課題です。
こういった文脈をふまえると、上述した英国の改訂コードの内容は、企業活動の結果の一面に過ぎない財務業績のみを経営幹部のインセンティブとして評価するのではなく、より「統合的な業績評価の枠組み」を検討すべきである、という指針を示していると解釈することもできるでしょう。
日本企業においても、いわゆる「ガバナンス先進企業」を中心に、ESG要素を役員報酬の業績評価項目として導入する企業が出てきています。ウエイトが10%程度と「控えめ」であったり、DJS(※3)などのインデックス構成銘柄への採用可否といった外部評価を活用したものであるなど、まだ試行段階といえるかもしれません。しかし、投資家をはじめとするステークホルダーの関心が財務指標から非財務も含めた統合的な「中長期的な価値創造」に広がる中で、こうした導入事例が今後ますます増えていくことは確実でしょう。
【参考資料】
※3:ダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・インディシーズ/米国S&Pダウ・ジョーンズ社とスイスのロベコ・サム社によるSRI指標、各産業分野の上位企業を選定する“World Index”ほか、複数のカテゴリが存在する。