第203回臨時国会で所信表明演説する菅義偉首相(2020年10月26日、写真:REX/アフロ)

(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

 菅義偉首相の所信表明演説で注目されたのは、2050年の温室効果ガス排出目標を「実質ゼロ」と明言したことだ。しかも首相は「安全最優先で原子力政策を進めることで、安定的なエネルギー供給を確立します」と原発の新増設を示唆し、死に体になっていた原子力産業は、にわかに活気づいている。果たして原子力はよみがえるだろうか。

今のままでは「2050年原発ゼロ」になる

 日本の温室効果ガスの90%以上は二酸化炭素(CO2)で、実質ゼロというのは、CO2排出量と森林などの吸収量の差をゼロにする「カーボンニュートラル」だが、吸収量はほとんど変わらない。その差をゼロにすることは可能なのだろうか。

 2015年のパリ協定では「2100年に地球の平均気温を産業革命前から2℃上昇以内に抑える」という目標が設定された。日本は「2030年に温室効果ガス排出量を2013年比で26%削減する」と約束したが、80%削減という長期目標は約束しなかった。

 その後ヨーロッパでは「2050年にCO2排出ゼロ」という目標を設定する国が増え、日本に対する批判が強まったが、安倍政権は何もしなかった。石炭火力を減らせという圧力にも、小泉環境相は答えなかった。原発が動かない現状では、2050年どころか2030年の目標も実現できないからだ。

 2030年の目標を実現するには、火力発電の電源比率を55%に抑える必要がある。そのためには再生可能エネルギーの比率を25%としても原発比率を20%以上にする必要があるが、設置変更許可の出た16基をすべて再稼働しても10%程度で、この目標は達成できない。

 さらに2050年の長期目標は、現状では不可能である。運転開始から40年で廃炉にする原子炉等規制法の「40年ルール」で、2050年には原発はゼロになるからだ。この状態でCO2排出ゼロにするには、火力発電所を廃止してすべての電力を再生可能エネルギーで供給するしかないが、これは物理的に不可能である。