(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)
陳重権(チン・ジュンゴン)元東洋大学教授は、韓国における革新系の代表的な理論家で、韓国政治の論客だ。この陳元教授、曺国(チョ・グク)事件をきっかけに政治的立場を進歩から反進歩へ転向させたことでも、大いに注目を集めている。
その陳元教授が最近、共同執筆した「曺国黒書」と呼ばれる文政権批判の書『一度も経験したことのない国』が、販売部数7万部以上を記録するベストセラーとなっている。本のタイトルは、文在寅大統領が自らの就任式で語った「一度も経験したことのない国をつくる」との言葉から取られたものなのだろうが、さらにそこに、韓国がこれまで経験したことがない「民主独裁国家」になったという批判を込めているのではないだろうか。
陳元教授の転向は、曺国前法務部長官のスキャンダルと文政権のもみ消し政策に幻滅したためだ。しかしその後も文政権は、民主主義を無視した政治手法、立法・行政・司法・言論の支配、検察の無力化、赤化路線と保守派叩き、経済失政、不動産政策の混乱、北朝鮮による挑発への無抵抗、政権幹部による不正・不動産投機・セクハラが続いている。そうした中でも革新系の政治基盤を強化し、革新系を長期間政権にとどめおく工作は着々と進展している。まさに韓国は「一度も経験したことがない国」になってしまっている。
こうした文在寅氏の政治傾向、手法を見ると、日韓関係が史上最悪の状況となっている理由もいっそう理解できる。
文政権はその唯我独尊的な姿勢で「日本に『歴史問題』で謙虚になれ」と言い続けている。自分たちに正義があり、日本は歴史問題のすべての面で譲るべきだ、と言いたいのだろう。だが日本側から見て、韓国と関係改善できる余地がどこにあるというのだろうか。
一方、現在でも韓国人の4割以上は依然として文在寅氏を支持している。文在寅氏の政策や政権の体質を観察している身からすると、このこと自体が不思議に思える。多くの韓国国民が文在寅氏の実態についてそろそろ理解してもいいのではないかと率直に思う。
そうした中にあって、陳教授の文在寅大統領への評価は非常に的確だ。
「大統領は行方不明だ」
陳重権氏が語った、文在寅氏の基本的体質の問題点が「唯我独尊」だ。韓国ニュースサイトの「wowkorea」が陳重権氏の発言を紹介している。
同記事によれば、陳元教授は安哲秀(アン・チョルス)国民の党代表とのユーチューブチャンネルでの対談において、文在寅氏について、国民やマスコミから「質問を受け反論することが、今はなくなった。朴槿恵(パク・クネ)前大統領と何が違うのかわからない」、「文大統領が記者会見をしなくなって久しい。不動産3法に対するかなり多くの反発が出ているので、大統領が直接でてきて(国民を)説得すべきだ」と語ったのだという。
さらに陳氏は、「民主主義とは、疲れるし頭の痛いものだ。考えの違う人々との合意点を引き出すのがどれほど難しいことか」、「その過程を省略して力で押し通したため、当然国民の離反が起こった」、「文大統領は重要な決定すなわち与党が誤った時、正しい倫理的決定を下さなければならないのに、とても重要な決断の瞬間のたびに、大統領の姿はない」と批判の矢を浴びせ、「大統領は行方不明だ」と断じたという。