「メンタルヘルス」のケアに対して企業はどのように取り組むべきか
「メンタルヘルス」のケアに向け、企業はどのような取り組みを進めるべきだろうか。必要とされる取り組みについて、大きく3つに分けて解説していく。
●「心の健康づくり計画」の策定
「メンタルヘルスケア」は、中長期的なプランで継続的・計画的に行うことが重要だ。取り組みでは、事業者が従業員の意見を聴きつつ、事業場の実態に即した方法で推進することも必要である。このため、衛生委員会といった組織において十分な調査審議を行い、「心の健康づくり計画」を策定することは非常に重要となる。「心の健康づくり計画」に盛り込むべき事項は次の通り。
・事業者がメンタルヘルスケアを積極的に推進する旨の表明に関すること
・事業場における心の健康づくりの体制の整備に関すること
・事業場における問題点の把握及びメンタルヘルスケアの実施に関すること
・メンタルヘルスケアを行うために必要な人材の確保、事業場外資源の活用に関すること
・労働者の健康情報の保護に関すること
・「心の健康づくり計画」実施状況の評価・計画の見直しに関すること
・その他、労働者の「心の健康づくり」に必要な措置に関すること
また、「心の健康づくり計画」の実施においては、事業場内産業保険スタッフが中心的な役割を担う。事業場内産業保険スタッフが関わる「心の健康づくり計画」には、以下のものがあげられる。
・具体的なメンタルヘルスケアの実施に関する企画立案
・個人の健康情報の取り扱い
・事業場外資源とのネットワークの形成やその窓口
・職場復帰における支援など
なお、「ストレスチェック制度」は、各事業場で実施される総合的なメンタルヘルス対策の取り組みの中に位置づけられることが重要だ。「心の健康づくり計画」において、「ストレスチェック制度」の位置づけを明確にすることにも留意すべきである。
●4つの「メンタルヘルスケア」
企業内で適切なメンタルヘルスケアを進めていくためには、下記の4つのケアが必要だ。
(1)セルフケア
・良い睡眠をとる
起床時間を一定にして日光を浴びる
日光は、目を通じて体内時計を刺激し、一日の行動に適したリズムを作る。毎朝同じ時間に起床するようにし、目が覚めたら適度に日光を浴びることが望ましい。
睡眠時間は「日中に眠気で困らない程度」を指標に
健康で効率のよい業務を行うためには、5~6時間以上の睡眠時間を確保するのがよいといわれている。しかし、必要な睡眠時間は、人によって個人差があり、特に年齢とともに、必要な睡眠時間は短くなる傾向がある。適した睡眠時間を毎日キープするよう心がけたい。
睡眠前のリラックス法を習慣づける
軽い読書や音楽、ストレッチなど、自身にあったリラックス法を見つけ、眠くなってから寝床につくことが望ましい。コーヒーやお茶類にはカフェインが含まれ、覚醒作用があるため、睡眠前の摂取は避ける。
・規則正しい食事
朝食をとることで自律神経が活発になる。遅い時間の夕食は朝食の妨げになるため、避けるよう心がけたい。1日3食、規則正しく摂ることを習慣づけよう。
・運動習慣の維持
適度な運動習慣は夜間の睡眠を安定させ、睡眠の質を高める効果がある。1日30分週2~3回程度の軽く汗ばむ程度の運動を心がけ、無理なく長続きさせることが重要だ。
・正しい飲酒習慣
少量の飲酒は寝つきをよくする。しかし、寝酒は眠りが浅くなり、疲労の回復を妨げる場合がある。また、飲酒習慣が連続すると、同量では寝つけなくなり精神的・身体的な問題につながりおそれがあるので要注意だ。
・上司への相談・専門の相談窓口の利用
業務についての悩みは、部内の事情をよく知る直属の上司に相談する。上司に相談しにくい場合は、社内や社外に設置されている相談窓口などを利用する方法もある。
・医療機関の受診
上司や専門の窓口に相談しにくい場合は、直接、精神科や心療内科などの医療機関を受診することもできる。診断により、治療や休職といった対応が必要となる場合は、医療機関を受診したことを企業に伝え、対応について相談するとよい。
(2)管理監督者によるケア
ケアで大切なのは、管理監督者が、従業員の「いつもと違う様子」にいち早く気づくことだ。メンタルヘルス対策の中で、管理監督者の役割はとても重要になる。部下の行動様式や人間関係の持ち方について知っておくことが必要なため、日頃から部下に関心を持って接するよう心がけよう。なお、「いつもと違う」様子・行動は以下のようなものがあげられる。
【業務面での兆候】
・出退勤の変化
理由が明確でない離席・休憩や、遅刻・早退・有給休暇の取得が増加する/無断欠勤/同じ業務量にもかかわらず退社時間が遅くなる
・パフォーマンスの低下
業務進捗が滞る/メールの返信・書類提出の遅れ/アウトプットの質の低下/会議や打ち合わせでの発言が減少/会議の欠席/報告・連絡・相談がなくなる/ミスや事故の増加
・行動面の変化
挨拶しなくなる/服装・髪型の乱れ/対人関係トラブル/突然泣き出す・独り言など情緒不安定な様子が頻繁に現れる
【心身面での兆候】
・心に現れる症状
イライラする/悲しくなる/不安や焦りを感じる/やる気の低下/集中力の低下/自分を責めるなど
・体に現れる症状
吐き気/食欲不振/不眠/肩こり・背中・腰の痛み/耳鳴り/頭痛や頭がボーっとする/動悸/微熱/倦怠感など
上記のような「いつもと違う」様子の従業員への対応としては、「まずは健康状態をたずねてみる」ことが有効だ。気にかけて見ている姿勢を態度で部下に示そう。一方、やってはいけない行動もある。「頑張ろう」や「なんとかなる」といった激励の言葉はプレッシャーをかけられていると受け取られてしまう恐れがあるので禁句である。
管理監督者は、職場環境の把握と改善や、従業員からの相談に対応することが重要だ。職場環境等の改善は従業員のストレスを軽減し、メンタルヘルス不調の発生や悪化を防止することが期待できる。
(3)「事業場内産業保健スタッフ」によるケア
産業医や衛生管理者、保健師などの「事業場内産業保健スタッフ」は、「セルフケア」、「ラインによるケア」が効果的に実施されるよう、従業員や管理監督者へ支援を行う。前述の通り、「心の健康づくり計画」の実施においても中心的な役割を担う。
(4)「事業場外資源」によるケア
「事業場外資源」には下記のものが含まれる。
・従業員支援プログラム(EAP)
・労災病院・診療所
・都道府県産業保健推進センター
・地域産業保健センター
情報提供や助言を受けるなど、これらの外部サービスを活用することや、ネットワークの形成、職場復帰における支援などがケアに含まれる。
●「メンタルヘルスケア」対策の進め方
「心の健康づくりのためのケア」を適切に実施するには、事業場内の関係者(従業員本人、事業者、管理監督者、事業場内産業保健スタッフ、事業場外資源)が連携し、取り組みを積極的に推進することが肝要だ。また、カバーすべき分野が多岐にわたるため、上記に加え、産業医や保健師、弁護士や社会保険労務士などの専門家にも加わってもらうと効果的である。必要に応じて専門家にも相談することが望ましい。
では基本的な「メンタルヘルスケア」対策の進め方を大きく3つに分けて紹介したい。
(1)「メンタルヘルスケア」の教育研修・情報提供
従業員・管理監督者・事業場内産業保健スタッフに対し、それぞれの職務に応じた教育研修・情報提供を実施しよう。事業場内に教育研修担当者を計画的に養成することも有効だ。
(2)職場環境の把握と改善
従業員のメンタルヘルスは、作業環境や作業方法、労働時間、仕事の質と量、ハラスメント、人間関係、組織、人事労務管理体制など、きわめて多岐にわたる要因から影響を受けている。職場環境の評価と問題点の把握、その改善をはかることが求められる。
(3)「メンタルヘルス」不調への気づきと対応
万が一、メンタルヘルスに不調がある従業員が発生した場合には、その早期発見と適切な対応をはかることが重要であり、下記3点に関する体制整備が必要だ。ただし、従業員の個人情報保護には十分留意する必要もある。
・従業員による自発的な相談とセルフチェック
従業員が業務の悩みを相談できる社内窓口の設置など、従業員の相談に対応できる体制の整備が必要である。窓口は常勤の産業医が望ましいが、非常勤の場合は、人事管理担当者や衛生担当者が窓口となっている場合も多い。
また、社内で相談は避けたいと感じる従業員もいるため、病院の心療内科やメンタルクリニックと契約するなど事業場外の相談機関を活用して、従業員が自分から相談を受けられる環境整備も大切である。
・管理監督者、事業場内産業保健スタッフによる相談対応
管理監督者は、日常的に、従業員からの相談には対応するように努めることが大切だ。聞き取りや、適切な情報提供によって、必要に応じて産業医や産業保健スタッフ、外部サービスなどへの相談や受診を促すといいだろう。事業場内の産業保健スタッフは、管理監督者と協力して従業員の不調への気づきを促すよう、保健指導・健康相談を行うとよい。必要ならば、外部の医療機関への相談・受診も促そう。
・従業員の家族による気づきと支援
従業員の家族にも、ストレスやメンタルヘルスケアについての基礎知識や職場のメンタルヘルス相談窓口などの情報を提供する。