ロービジョン視覚障害者の困りごと

 ちょうど「Seeing AI」が登場した12月頃、筆者は10年来お世話になっている視覚障害者の鍼灸師Sさんと「見えないと困ること」について話していた。Sさんは後天的に多くの視野を失い、わずかに残った視野と視力で生活しているロービジョン者である。

 Sさんは、化粧品や調味料などが似たようなボトルだと中身がわからなくなること、容器の曲面に貼られた文字は歪んでいるので拡大鏡を使っても読みづらいこと、冷凍食品を袋のまま電子レンジで温めるのか、その際にはどこを開けるのか、何分加熱するかがさまざまなので、苦労して細かい文字を読むのをやめ、とりあえず皿にあけて加熱し「食べられればいいや」にしていること、ドラッグストアで「この売り場でチューブなら歯磨き粉だろう」と勘で買ったものが入れ歯洗浄ペーストだった経験や、スーパーで袋に詰められた果物が何個入りなのかが判別できず、余分に購入してしまったことなどを話してくれた。

「ずいぶん無駄遣いをしちゃうけど、手間を考えたらしょうがない」と言うSさん。彼女はタブレット端末やパソコンを使いこなしているので、「いつも連絡をもらうLINEで写メを送ってもらったら、テキストで返事ができますよ」と言って、何度かやりとりをした。筆者は拘束される時間があまりないのだが、それでもすぐに返信できないこともあり、Sさんも遠慮してしまうので「やっぱりダメだね」という結果になった。

 それから3カ月ほどして、Sさんはたまたま見ていたテレビの情報番組で「Seeing AI」を知った。「スマホで撮った写真の内容をテキストで説明して読み上げてくれる。誰かに頼まなくても、自分でできるの!」と、筆者に興奮気味に話してくれた。

 そこで筆者もさっそくアプリをダウンロードして試してみた。「短いテキスト」や「ドキュメント」機能を使うと、老眼鏡をかけなければ読みにくい小さな瓶のラベルや、4ptくらいの細かい文字で印刷された案内はがきの内容がかなり正確に読み上げられた。「シーン(風景)」機能を試してみると、自宅の本棚がちゃんと認識された。

Seeing AIの実際の画面。スマホで撮影した写真、SNSでシェアした写真などの内容を短いテキストにして読み上げてくれる。

課題は情報入手の経路

 障害者手帳を持つSさんは、公的にさまざまな支援を受けることができる。外出の際にはガイドヘルパーを頼めるし、役所の福祉課での定期的な面談の際には日常生活での困りごとを相談できる。しかしスマホアプリなどの新しいデジタル技術や、障害者向けでなくても役に立ちそうな製品の具体的な紹介はほとんどないという。「Seeing AI」も、無料提供開始から実に3カ月の間、知ることができなかった。

 厚生労働省の「平成28年 生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)」によれば、身体障害者手帳所持者(視覚、聴覚・言語障害、肢体不自由、内部障害)の情報入手手段は、65歳未満、65歳以上の者ともに「テレビ(一般放送)」の割合が最も高く、65歳未満では75.8%、65歳以上では77.7%、次に「家族・友人・介助者」が高く、65歳未満では48.6%、65歳以上では48.7%となっている。

 Sさんはたまたま見ていたテレビから「Seeing AI」を知ったが、運が悪ければずっと知らないままだっただろう。大きな情報源である「家族・友人・介助者」が知らなければ当事者には届かないし、すぐに流れ去ってしまうテレビやラジオの情報に当たるかどうかは、まさに運次第だ。