私は、岐阜地裁でこの裁判を傍聴し、被告人として証言台に立った母親と直接話をしました。傍らには心配そうに寄り添う夫やご家族の姿がありました。

岐阜地裁(筆者撮影)

 かわいいわが子にけがをさせてしまった悔いと悲しみ、さらに、身に覚えのない罪で刑事裁判にかけられた悔しさ・・・、憔悴し切っている彼女の表情からは、「虐待」という二文字はとても想像できるものではありませんでした。

 同様の揺さぶられっ子症候群事件では、ここ1年の間に無罪が連続して確定しています。現時点ではまだ無罪判決が確定したわけではありませんが、このご家族にもぜひ、平穏な日々を一日も早く取り戻していただきたいと、心からそう思います。

検察はなぜ専門外の内科医の証言を証拠とするのか

 この事件ではなぜ、完全な「無罪」の判決が下されたのでしょうか。

 この裁判で検察側の証人として出廷したのは、「認定NPO法人チャイルドファーストジャパン理事長」「一般社団法人日本子ども虐待医学会理事兼事務局長」という肩書を持ち、日本の児童虐待問題では主導的な立場にある山田不二子医師(内科医)です。

 一方、弁護側で証言に立った青木信彦医師(脳神経外科医)は、マニュアルに明記されている「揺さぶられっ子症候群」の3徴候(硬膜下血腫、脳浮腫、眼底出血)から安易に虐待と決めつけることに対し、強い警鐘を鳴らしてきた人物です。

「揺さぶられっ子症候群」は赤ちゃんの脳の中で起こる傷病なので、裁判を傍聴していても専門的な医学用語が多く出てきます。そのため、素人には理解が難しいのですが、今回の裁判の内容をもう少し詳しく知りたいという方は、『SBS検証プロジェクト』(https://shakenbaby-review.com/)のサイト内に掲載されたブログ『岐阜地裁はなぜ無罪を言い渡したのか? ―山田不二子医師証言の問題点』(http://shakenbaby-review.com/wp/2020/09/26/)をぜひご覧ください。

 ブログの筆者は、岐阜地裁の裁判の弁護団の一人で、その他の事件でも数多くの無罪判決を勝ち取っている、秋田真志弁護士です。

 秋田弁護士のブログ記事の中から、双方の鑑定医について記された部分を一部紹介したいと思います。

『青木医師は、脳神経外科医として40年以上の経験を持つのに対し、山田医師は虐待問題に取り組んできたとはいえ、内科開業医です。脳神経に関する臨床経験はありません。実は法廷証言でも山田医師は、青木医師の鑑定書でCT画像の誤読を指摘されたことに対し、「指摘どおりCT画像の誤読を認め」(判決)ざるを得ない場面がありました。それ以外にも、山田医師は専門外の物理学について、基礎的な物理法則を無視するかのような証言をするなど、非常に問題のある証言を繰り返していたのです』

 私は実際に岐阜地裁の法廷で、山田医師の証人尋問を傍聴しましたが、物理法則に関する秋田弁護士とのやりとりを目の当たりにしたときは本当に愕然としました。検察がなぜ、この医師をこの事件の証人として採用したのか、首をかしげたくなるほどあいまいな証言内容だったからです。

 また、山田不二子医師は、自身が岐阜県警大垣署から嘱託された「鑑定書」の末尾に、医学的な意見にとどまらず、次のような一文も記していたのです。

『本件の加害者が誰なのかは明らかである、せめてもの償いとして、犯してしまった暴力について真実を語るべきだ』

 この件について秋田弁護士は、『医師としての立場を逸脱した鑑定というほかありません』と指摘し、『この判決をきっかけに、虐待論における医学や医師の役割を見直す必要があるのではないでしょうか』と自身のブログ記事を締めくくっています。

 私は、約3年前から揺さぶられっ子症候群事件を多数取材し、昨年、『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』(柳原三佳著/講談社)という書籍を上梓しました。

 虐待を疑われ、幼い我が子と引き離され、刑事訴追された保護者たちの肉声の他、いつから日本で「揺さぶられっ子症候群」という言葉が使われ始めたのか、またそれがどのような経緯で虐待と結びついていったのかなどを専門家に取材しながらレポートしています。

 もちろん、山田不二子医師には取材を申し込みましたが、残念ながらお会いすることはかなわず、本書の中にコメントをいただくことはできませんでした。