オバマ米大統領の最優先課題、史上最大7872億ドル(約72兆円)規模の景気対策法が成立した。早期成立という公約を果たし、「対議会で初の大勝利」(米政治情報サイト「ポリティコ」)を収めた大統領は、ようやく一息ついた。しかし上下両院の採決では、野党共和党議員の99%が反対し、与党民主党は数の力に頼る「党派政治」で押し切った。大統領の目指す党派を超えた政権運営は、スタートから難しさが浮き彫りになった。
2月17日、コロラド州デンバー。景気対策法案に署名するオバマ大統領は満面の笑顔だった。昨年8月に当地で開かれた民主党大会で、大統領候補に正式指名されてから半年。景気対策という手土産を携え、戻ってきた大統領を州民は熱狂的に歓迎した。
大統領は、景気対策法成立を「(景気悪化の)終わりの始まり」「雇用創出だけでなく、永続的な成長基盤を築くもの」と強調、米経済は再生に向けて第一歩を踏み出したと訴えた。
最終段階で減額されたとはいえ、景気対策は空前の規模。2年間で350万人超の雇用を創出するため、10年間の財政出動額は年間GDP(国内総生産)の約6%に相当する。ルーズベルト大統領のニューディール政策でさえ1~2%程度にすぎないことを考えれば、今回のスケールの大きさが分かるだろう。
対策全体の36%が減税。この中には、大統領選でオバマ氏が掲げた中間・貧困層向けの減税も含まれ、単身者に400ドル、夫婦には800ドルを税還付する。企業の設備投資や財務リストラを支援する税制優遇措置も講じる。
さらに、アイゼンハワー大統領が進めた1950年代の全米高速道路網整備計画以来という、巨額インフラ投資が1200億ドルに達する。それに加え、「グリーンニューディール」と呼ばれる環境・エネルギー関連投資を行う。財政難の州政府には、公共サービスと教員・警官の雇用を維持するため、財政支援を実施。雇用情勢の深刻化に伴い、失業手当も充実させる。
抱き込み工作、上院共和党から「造反」3人
約束通り、これだけの法律を3週間半という「記録的な早さ」(FOXテレビ)で成立させたのだから、新政権の手腕を過小評価すべきではない。法案1つ通すのに何カ月もかかる日本と比べれば、そのスピード感は一層際立つ。
実は、景気対策法案をめぐる多数派工作は、オバマ大統領の「就任前」から始まっていた。米紙ワシントン・ポストによると、当時まだ上院議員のバイデン副大統領が上院で共和党穏健派を造反させようと、昨年12月には極秘の抱き込み工作に着手していた。
なぜ上院が議会工作の中心になったのか。民主党は上下両院で過半数を制する。下院では法案や決議、人事案を単純多数決で可決できるため、全く問題ない。ハードルが高いのは、フィリバスターと呼ばれる議事妨害の慣行がある上院。延々と演説すれば採決を引き延ばせるため、野党は事実上可決を阻止できる。
民主党の上院議席は、同党寄りの無所属議員2人を入れて58。フィリバスターを阻止するには60票の賛成が必要だし、病気療養中のケネディ議員の欠席を考慮すると、最低でも共和党から3人を抱き込まなくてはならない。
バイデン氏がまず工作対象に選んだのは、メーン州選出のコリンズ、スノー両上院議員(ともに共和)。クリスマス直前、コリンズ議員は母親の元へ向かっていた。携帯圏外に入るたびに通話が途切れたが、バイデン氏は何度も掛け直し、コリンズ議員は「粘り強さに感服した」。
一方、共和党指導部は、軸を減税ではなく歳出追加に置いたオバマ大統領の景気対策に強く抵抗していた。
しかし、米議会には党議拘束の制度がない。比較的小さな州であるメーン州選出のコリンズ、スノー両議員はオバマ大統領に協力し、自らの政策要求を最大限に反映させる戦略を取った。その結果、両氏は教育や社会保障の歳出追加を削り、減税規模の拡大に成功している。
共和党から3人目の協力者は、ペンシルベニア州選出のスペクター上院議員。同氏が熱心な米国立衛生研究所(NIH)関連プロジェクトを盛り込み、上院民主党は賛成票を確約させた。