(富山大学名誉教授:盛永審一郎)
7月23日、京都市に住む当時51歳の女性ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者に薬物を投与して殺害したとして、2人の医師が京都府警に逮捕された。容疑は「嘱託殺人」だという。
2018年4月からツイッターを始めたALS患者女性は、そこで「安楽死させてほしい」などと発信していたところ、今回逮捕された医師の一人から「訴追されないなら、お手伝いしたいのですが」などとメッセージが送られてきた。そうしたやり取りを重ねるうち、もう一人の医師も加わって、昨年11月、事件が起こった。女性患者からの依頼を受けて、2人の医師が京都市にある女性宅を知人を装って訪ね、ヘルパーが同席していない10分ほどの間に女性に薬物を投与、殺害したというものだ。
この事件の一報を最初に聞いて、大変ショックを受けた。人間の最後の厳粛な場面の問題があまりにもカリカチュア化(戯画化)されているように感じたからだ。
ただその感覚は、2017年9月に起きた「座間9遺体事件」のような背筋が寒くなるような猟奇的事件で感じたものとは全く違う。
また亡くなった方の意思という点に着目してみた場合、昨年問題となった、福生病院の透析拒否事件とも異なっている。透析拒否事件は、最終段階で患者vs医師という対立が生じていた。今回の事件は患者と医師の同意関係があった。その点では様相が全く異なる。
今回の事件は、逮捕容疑が「嘱託殺人」ということもあり、メディアでは「ALS嘱託殺人事件」などと称されている。しかし、理由は後述するが、私は「安楽死事件」と呼びたいと思う。
容疑者は果たしてドクター・キリコなのか
今回のALS患者の安楽死事件の容疑者の一人は、手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』に登場する「ドクター・キリコ」に憧れていたという。ドクター・キリコとは、手の施しようがない重い病やケガに苦しむ患者に対し、本人からの依頼があれば、報酬を受け取って安楽死を請け負う医師で、「白い死神」と呼ばれている。主人公ブラック・ジャックとは生死に対する向き合い方が違うが、安易に死を選択することを是とはしていない。そのため『ブラック・ジャック』ファンの間でもダークヒーロー的存在として扱われている。
しかし、逮捕された医師が書いていたブログを読むと、彼はドクター・キリコほどの覚悟を持ち合わせているわけでもなさそうに私には見える。安楽死を正当化するためにドクター・キリコを持ち出しているだけで、ただAIだけで判断するアンドロイド医師たちのような気がしてならない。