警察長官は女性被害者に名乗り出を要求
ファベルさんの同級生や友人などが開設したツイッターのアカウントには、「#JusticeForFabel」のハッシュタグが付いたツイートがアップされているが、リツイートが多いものでは約5万4000も記録されるなど、国民の関心は日に日に高まっている。
今年5月、ガンボア国家警察長官は「性被害者の女性は警察に名乗り出るようにしてほしい」と国民に呼びかけていた。これにはきっかけがあった。フィリピンのネットメディア「ラップラー」の報道だ。その内容は、コロナ対策で地区間移動制限のあるマニラ首都圏での、警察官による女性への性的暴行事件が複数あるというものだった。
夜の外出ができなくなり、売春を生業とする女性が仕事にあぶれ、生活に困窮しはじめた。そこで何人かの女性は、顧客の自宅で「仕事」をしようとした。ただ、そのためには地区の出入り口にある警察の検問所を通過しなければならない。だがそこで、知り合いの警察官から、通行を許可する見返りに無償の奉仕として「体を求められ、まるで暴行のよう犯された」と記者に訴えたのである。
報道は当然のことながら、被害者の女性、加害者の警察官ともに匿名で、被害の日時も場所も特定されないように配慮した記事だった。
ただしこの報道に対しガンボア国家警察長官は憤りを隠さなかった。「許されない警察官の行為だ、もし事実とすれば」としたうえでこう述べた。
「我々は女性を尊敬し、その社会的地位に敬意を示す。ぜひ被害を受けた女性たちは最寄りの警察に名乗り出てほしい。そうしなければ警察官による権力悪用事件を捜査することができない」
そう被害女性らに呼びかけたのだった。
しかしフィリピンでは「警察官の犯罪行為を警察に訴えるということは、命を危険にさらすことになりかねない」というのが“常識”だ。だから、「国家警察長官がいくら呼びかけても、名乗りでる女性はいないだろう」と見られていた。
そうした中で起きたのがファベルさんの事件だった。今回のファベルさんが自身に対する性的暴行について警察に被害届を出すという「勇気ある行動」が、この国家警察長官の要請と直接関係があるかどうかは現時点では不明だ。
しかし、ファベルさんの殺害は、国民が共有している“常識”が正しいことを改めて証明するような事態になってしまった。
国家警察長官、大統領府報道官、州知事、ユニセフなどがどんなに「真相解明」「公正な裁き」と声を大にして叫んでみても、一部とはいえ警察に残る「腐ったリンゴ」を全摘することは不可能だ。そしてその腐ったリンゴは、平気で法も犯すし、時には一般市民に銃口を向けることもある。これが偽らざるフィリピンの現状だ。殺害されたファベルさんは永遠に戻ってこないが、フィリピンの警察機構は、その死を無駄にするべきではないだろう。