(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)
文在寅大統領は3日、北朝鮮を担当する新たな安全保障人事を確定し、公表した。統一部の金錬鉄(キム・ヨンチョル)長官辞任後の一連の改変人事である。新しく指名された人事は以下のとおりである。
・国家情報院長 朴智元(パク・チウォン)元「民生党」議員
・統一部長官 李仁栄(イ・インヨン)議員
・青瓦台安保室長 徐薫(ソ・フン)国情院長
・外交安保特別補佐官 鄭義溶(チョン・ウィヨン)安保室長
・外交安保特別補佐官 任鍾皙(イム・ジョンソク)前秘書室長
今回の人事は、北朝鮮の南北共同連絡事務所爆破と4大軍事行動の予告、そしてその後の保留を受けたものであり、前閣僚等が対北朝鮮政策に失敗した後の人事だ。特に、金錬鉄統一部長官は民弁(=「民主社会のための弁護士会」。中国にある北朝鮮レストランから集団で脱北した女性従業員らに北へ帰るよう説得してきた団体)の出身であり、米国の意向に反しても北朝鮮との関係を進めたい人間であった。しかし、同長官を介しての従北姿勢は結実しなかったのはご存じの通り。そこで人心一新となったわけだ。
だが韓国の対北政策は、新布陣の下でも、ますます北朝鮮に寄り添ったものになりかねない。韓国が北朝鮮といかなる関係を構築していこうとしているのか、人事を通して予測してみたい
情報機関であるはずの国家情報院、北朝鮮への「密使」となり果てるのか
そもそも国家情報院とは、北朝鮮を含むあらゆる外部の脅威から韓国を守るための安全保障の最前線機関である。国防部の主な活躍の場が戦時だとするなら、国家情報院は平時に情報を集め、安全保障を担保するのが役目である。しかし、文大統領は国情院を「国家の安全を担う機関」ではなく、「北朝鮮との交渉を行う密使」と考えているのではないかと思われる。
北朝鮮は、常に人々の意表を突き、脅迫することで自己主張をしてきた。北朝鮮の中枢部がどうなっており、何を考えているのか外部からは誰も分からない状況が続いている。それを探るのが国家情報院だ。だが最近は、北朝鮮ばかりでなく、中国にも目を配らなければならなくなった。さらに最近ではサイバーやテロ対策までも安全保障にとって重要となっている。
こうした重要な役割を担う情報機関のトップになるべき人材は、安全保障を脅かす情報を理解し、判断できる知識と経験が必要である。しかし、新院長候補となっている朴智元氏は数十年にわたり国内政治に没頭してきた人物だ。朴院長の北朝鮮とのかかわりは、故金大中(キム・デジュン)大統領の密使として初の南北首脳会談に合意したことがよく知られている。これを実現するため、朴氏は金正日(キム・ジョンイル)総書記に4憶5000万ドル(約484憶円)の裏金を渡した。その支援で、金正日は「苦難の行軍」の危機を乗り越え、核開発に拍車をかけ、6年後には初の核実験を行った。
これまでの国家情報院は、情報機関としての役割を十分に果たしてきたとは言い難い。昨年9月の板門店の首脳会談の1か月前に金正恩が特別列車で訪中したことをきちんと把握していなかった。ハノイの会談が失敗するまで、米国の意向を誤解していた。このような情報で北朝鮮に適切に対峙することは不可能である。