【4】「健康経営」はどうなるか

 こちらも、近年注目度が上がってきている「健康経営」ですが、企業側からみた位置づけはエンゲージメントと近いため、ビジネスとしてはかなりの逆風となるでしょう。ただし、健康経営関連のサービスの中でも、メンタル関連対応といった取り組み・サービスは、不況にともなうエンゲージメントの悪化によって問題が発生しやすくなることから、必要性は底堅いでしょう。

 一方で、生活習慣病予防など福利厚生色の強いサービスは、優先順位が下がることとなります。また、「コロナショック」によって風邪や肺炎などの呼吸器系疾患予防が大きくクローズアップされています。呼吸器系疾患は従来、健康経営の文脈では注目度が低かったですが、実は生産性に与える影響は大きいテーマです。これを機に、新しい手法やソリューションが登場・浸透することを期待したいです。

【5】「HRテクノロジーサービス」に与える影響

「HRテクノロジーサービス」と一言でいっても定義が曖昧ですが、ここでは主に「クラウドかつパッケージ(カスタマイズが少ない)の業務効率化関連サービス」を指すこととします。こうしたHRテクノロジーサービスの活用は不況においても堅調と考えられます。理由は下記の2点です。

理由1:わかりやすい「必要性」がある
 HRテクノロジーサービスが提供するタレントマネジメントや労務関連では、不況であっても業務が存在し続けます。また、内製化し社内の人手で代替するという手もありますが、HRテクノロジーサービスは、安価で、人手では工数がかかってしまう業務をおこなってくれるため、内製化しても効果的なコスト削減にならないのです。

理由2:高カスタマイズ製品との競争が有利になる
 HRテクノロジーサービスが提供するタレントマネジメントや労務業務は、大企業の場合、自社の特殊なくくりに合わせた高カスタマイズの製品を用いておこなわれていることが多いです。好況時は「コストがかかってもいいから自社独自のくくりを実現したい」となりますが、不況時は「自社のくくりを捨ててでもコスト削減をするしかない」となります。その結果、好況時であれば高カスタマイズ製品を使う企業が、不況時はHRテクノロジーサービスに流れるケースが発生すると予想されます。

 類似した展開はリーマンショックの際にも生じていました。当時、ワークスアプリケーションズは「低カスタマイズ・低コスト」を武器に、リーマンショック後にシェアを伸ばしたのです。こうした流れは、人事パーソンとしてはチャンスでもあります。従来気になっていたが手をつけられなかった「非効率の一掃」をおこない、シンプルで低コストな体制を構築することができます。また、コスト削減というわかりやすい成果は、経営層からの評価も高いでしょう。

【6】「リモートワーク」の進展

 新型コロナウイルスの影響として直接的に起こっているのが「リモートワーク」の進展です。急にリモートワーク体制を整える必要が生じ、多忙となった人事パーソンも多いでしょう。リモートワークは「PC環境」と「Web会議システム」、「コミュニケーションツール」などの業務連絡環境だけ整えれば十分という訳ではありません。

 リモートワークの環境では、従来、目視や声がけといった手段で自然とできていた社員のコンディション管理が困難になります。その対策として、ここ数年で普及してきていた「パルスサーベイ(簡単な数個の質問を週次・月次などの短いスパンで送る調査)」は、人事部門が社員のコンディションを最低限把握する手段として有効でしょう。

【7】組織再編の進展

 不況においては、配置変更・人員整理といった組織再編がおこなわれるケースも多いでしょう。リーマンショック時に通った道ではありますが、当時と異なるのは「人事情報がデジタル化されている」という点です。人事パーソンとしては、この人事データを用いて事実にもとづいた意思決定を主導する大きなチャンスといえます。

 しかし、前準備なしに、急に実行できるものではありません。現時点では、大幅な組織再編に着手する予定がないとしても、早めに社内外の知見の収集や、人事データの整備などを進め、態勢を整えておくことが重要です。

【8】「人事パーソン」は不況をチャンスと考えるべき

 ここまで見てきたように、人事業務は好況と不況とで大きく様変わりします。例えば、採用や福利厚生は好況時に増える業務ですし、人員整理や低コストオペレーションの構築といったテーマは不況時に必要となる業務です。

 好不況が経済の常である以上、企業としては、どちらか一方の場面でのみスキル・キャリアを発揮する人事パーソンより、好不況の両場面に対応できる人材の方が魅力的だととらえます。新しい業務に対して、「自分のスキル・キャリアの幅を広げるチャンス」と前向きに考えることが大切だと思います。「私は○○しかやりたくない」といった思考で従来の業務に固執することは、新しい経験を積む機会の喪失ですし、自らのポジションを危うくしてしまうでしょう。

【9】「HR系サービス提供者」は、チャンスの波を見極めろ

 HR系サービスは景気変動の影響を受けやすいものが多く、担当者にとって不況は憂鬱なものです。しかし、見方を変えるとチャンスでもあります。景気が底を打ち、回復を始める局面は、事業機会があるものの、他社が手を出しにくい瞬間です。ここでいち早く市場を押さえ、先行者優位を獲得したプレーヤーが次の好景気時の覇者となる可能性が高いのです。実際に、現在、多くの「Finテック」、「HRテクノロジー」の大手は、リーマンショックから日が浅い2010年代前半に事業を開始し、マーケットを押さえてしまうことで地位を築いています。次の景気回復局面において適切な領域で正しくスタートダッシュを切るためには、いまから準備しておくことが必要でしょう。

 このように「コロナショック」とそれにともなう景気悪化により、HRの世界でも多くの変化が起こると予想されます。ネガティブな影響も大きいですが、人事パーソンとHR系サービスにとってチャンスとなる側面も考えられます。変化の波を見極め、それに合わせて自らを適合させることで、この危機からチャンスを拾い上げましょう。

著者プロフィール

カオナビHRテクノロジー研究所
所長
内田 壮

日本エス・エイチ・エルにて人材データを用いた人事コンサルティングに従事。ヘルスケア企業の事業開発を経て、株式会社エヌ・ティ・ティ・データ経営研究所にてX-Tech領域の調査・コンサルティングに従事し、2017年よりカオナビに参画。

カオナビHRテクノロジー総研