(長野光:シード・プランニング リサーチ&コンサルティング部研究員)
動物から細胞を抽出し、その細胞を培養して作る培養肉の研究が世界各地で進められている。
オランダ・マーストリヒト大学のマーク・ポスト教授が米グーグルの共同創業者、セルゲイ・ブリン氏の資金拠出を基に培養肉のビーフバーガーを作成、公開試食会を実施したのは2013年のこと。以来、世界中で培養肉の開発が進められている。
その理由は明白だ。培養肉技術を使えば、一匹の個体から、その個体を殺すことなく、わずかに細胞を取ってくるだけで大量に食肉が生産できるため、世界の人口増に伴う食糧難への対応、畜産が排出する膨大な温室効果ガスの削減、各国の食料安全保障対策など、さまざまな面でメリットを享受できる。
実際に商品が市場に出ていないため、市場規模を算出するのは困難だが、各国の安全基準を作り、それを満たす培養肉が発売されれば、先に述べたメリットがあるため、市場は急速に拡大するだろう。
筆者はシード・プランニングの研究員として、細胞培養肉の現状と将来展望について調査している(レポートはこちら)。そこで、培養肉をめぐる開発の状況についてまとめようと思う。
再生能力が高い肝臓は培養に向く
まず、培養肉開発の概要だ。世界には、培養肉の開発を進めるスタートアップ企業がおよそ40社あり、各国の大学でも研究が始まっている。最も研究している組織の数が多いのは米国で、イスラエル、ヨーロッパ、アジアが後に続く。作られる肉の種類は牛肉と豚肉が多く、鶏肉、シーフードがその次に来る。需要の多いものや資源の枯渇が叫ばれるものは開発の意義づけがしやすい。
例えば、米国のFinless Foods(フィンレス・フーズ)は乱獲で個体数の減少が問題視されているマグロの培養肉を開発している。香港のAvant Meats(アヴァント・ミーツ)も主に魚の培養肉、その中でもフカヒレの原料で乱獲されているチョウザメの培養肉の生産を目指している。
フランスのGourmey(グルメイ)、ベルギーのPeace of Meat(ピース・オヴ・ミート)、日本のインテグリカルチャー株式会社など、培養フォアグラに焦点を当てている企業も多い。その背景には、ガチョウやアヒルに大量に餌を食べさせ、肝臓を肥大させる肥育法が動物虐待だと批判を集めていることに加えて、フォアグラは単価が高く、再生能力が高い肝臓は培養しやすいという事情がある。
インテグリカルチャーは、2021年から培養フォアグラを試験的に一部レストランに提供していく意向を表明している。
変わった培養肉にチャレンジする企業もある。例えば、オーストラリアのVOW(バウ)はカンガルーの培養肉を開発している。米ハーバード大学は牛肉だけでなく、ウサギ肉の研究開発を進めている。馬肉やイノシシ肉なども将来的なターゲットになるだろう。
細胞培養の技術を使えば、ローカル食材も場所を問わず生産することができる。また、培養肉ではバクテリアの付着リスクを抑えられるため、抗生物質を投与することなく、生食できる肉が生産可能だ。
もちろん、ペットフードも培養肉にとって有望な市場だ。アメリカン・ペット・プロダクツ・アソシエーション(APPA)の推計によると、米国のペットフードの市場規模は2022年に300億ドルに達する見込みだ。その市場を狙って、米国のBecause Animals(ビコーズ・アニマルズ)はキャットフード用にネズミ肉の培養を始めた。
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