日本人の死因の第3位を占める脳血管疾患。脳梗塞、くも膜下出血など、突如として発症するこの疾患は、死に至るだけではなく後遺症という大きな問題を抱えている。特に中高年にとっては恐るべき疾患だが、これに対して大きな光明となる治療法がある。

 「脳低温療法」だ。

 脳血管疾患を引き起こすと、脳細胞は秒単位で破壊が進行するが、この治療は細胞の死滅を防ぐだけではなく、破壊された細胞を回復させることができるのだ。サッカーの元日本代表監督のオシム氏の「奇跡の生還」を可能にしたことで注目を浴びた。

 今回、この治療法の開発者として世界的に知られる日本大学医学部の林成之教授に話を聞いた。第1回目はこの治療法について、第2回は、ビジネスにも生かせる、ここぞという時に最高の力を発揮する「勝負脳」について紹介する。

脳に損傷を受けると脳が高温になることを発見

林 成之(はやし・なりゆき)
1939年富山県生まれ。脳外科医。日本大学医学部、同大学院医学研究科博士課程終了。米マイアミ大学医学部脳神経外科、同大学救命救急センターに留学。1989 年、日本大学医学部付属板橋病院救命救急センター科長就任後、多くの救急患者を治療。脳低温療法は世界に知られる大発見。著書は『ビジネス<勝負脳>』(KKベストセラーズ)など多数。

 脳低温療法の開発のきっかけは、米マイアミ大学から帰国後、日本大学に救命救急センターを立ち上げ、そこで世界で初めて患者の脳温を測定したことから始まった。

 「脳に損傷を受けた患者の脳組織温度を数多く調べてみると、体は38.5度くらいなのに脳は40度から44度という驚くような高温だったのです。これをきっかけに『脳の熱貯留現象』を発見しました」(林教授)

 脳がダメージを受けると、そのストレスで体温が上がる。その時、血圧が低いと脳内の血液を十分に押し流すことができずに、熱が脳内に溜まり、異常なほどの高い温度となる。これによってさらに脳細胞が損傷を受けてしまうのだ。

 ここから脳低温療法の長い研究が始まったが、その過程は、困難と新発見の連続だった。

  例えば、脳の温度を下げていくと34度を境にして、ブドウ糖代謝から脂肪代謝に変わることを見つけた。

 さらに脳のエネルギー源としては、ブドウ糖の他にもケトン体が利用できること(ドーパミン神経群は別)、血糖値が230を超えると、酸素がヘモグロビンから離れず脳細胞が酸欠状態になること等を、次々と発見していく。

 それと同時に脳低温療法の導入法も解明。脳の温度を34度まで一気に下げ、そこでいったん止めて、血糖値をはじめとする様々なデータを細かく管理しながら、慎重に徐々に32度まで落とす。これによって、脳細胞が死なない環境を作ると同時に、損傷を受けた細胞を回復させることができるようになったのだ。