アメリカが撤退すると中東は不安定化する

 そもそもトランプ大統領は、なぜこの時期に爆撃したのだろうか。これは上院で審議されている大統領の弾劾から国民の目をそらすためだとか、今年(2020年)秋の大統領選挙の人気取りだなどと言われているが、それだけで戦争はできない。イランとの全面戦争に突入すると経済的な打撃は大きいからだ。

 しかしアメリカとイランの軍事力の差は大きい。それはイランも知っているので、報復は限定的だろう。軍事的な報復の代わりにホルムズ海峡を封鎖する戦術も考えられるが、イランが封鎖してもアメリカへの打撃は少ない。今やアメリカは世界最大の産油国だからである。

 シェールガスとシェールオイルの技術革新で、アメリカの産油量はこの10年に2.5倍に増え、輸入量は30%減った。昨年9月には70年ぶりに原油の純輸出国になり、2020年にはエネルギーの純輸出国になる見通しだ。

 ブッシュ大統領がイラク戦争に踏み切った一つの理由は、中東のエネルギー供給を確保するためだったといわれるが、今はその必要がほとんどない。アメリカの1次エネルギー供給に占める中東の比率はもはや10%に満たないので、ホルムズ海峡の封鎖でアメリカが失うものは少ないのだ。

 打撃を受けるのは、1次エネルギー供給の40%を中東に依存する日本である。前ページの図からもわかるように、石油の輸入が減った分だけ天然ガスが増えたので、中東依存度はほとんど下がっていない。これも長期計画を無視して原発を止めたため、天然ガスの輸入が増えたのが原因である。

 今やアメリカ経済を牽引する成長産業となった石油産業は、トランプ大統領の政治的基盤である。中東は資源を輸入する相手国ではなく、世界の原油市場におけるアメリカのライバルになったのだ。その治安が不安定になって原油供給が減り、価格が上がることは、アメリカにとってメリットになる。

 こういう文脈で考えると、今回の米軍司令官の書簡の「誤配」は意味深長である。BBCの報道によれば、これはイラク軍と協議するための草稿で「再配置」は撤退を意味しないとのことだが、バグダッドに駐留する米軍兵士の数を「間引く」可能性はあるという。

 今すぐ米軍がイラクから撤退することは考えられないが、駐留経費の経済性を重視するトランプが、これ以上コミットメントを強めるとも思えない。

 このように中東が地政学的に不安定になっているとき、原子力規制委員会の審査に合格した原発(柏崎刈羽6・7号機、女川2号機)さえ動かせない日本の脆弱性は高まっている。いつまでもアメリカが「世界の警察官」として中東を守ってくれると思ったら大きな間違いである。