1月6日、イラン・テヘランで開かれたソレイマニ司令官の葬儀の様子。左から3番目が最高指導者ハメネイ師(写真:Abaca/アフロ)

「イランの英雄」とされるイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官をアメリカが殺害したのをきっかけに、中東情勢が急激に不安定化し始めている。果たして、イランとアメリカの報復合戦は全面戦争へと発展してしまうのか。国際情勢に通じたジャーナリスト・手嶋龍一氏に解説してもらった。(聞き手:JBpress 阿部 崇)

米軍幹部も驚愕した「ソレイマニ司令官殺害」の選択

――2020年は、アメリカ軍の無人機のドローン空爆によってイラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」の伝説的な司令官、ソレイマニ氏の殺害という衝撃的ニュースで幕を開けました。

手嶋龍一氏(以下、手嶋) まさしく「天下大乱の年」を象徴的に示す凶事だと言っていいでしょう。ただ、中東の大国イランとアメリカは、イラクを舞台にすでに去年の暮れから武力行使を繰り返しており、事実上の交戦状態に入りつつあったのです。一連の報復合戦の延長上で、アメリカのトランプ大統領はソレイマニ司令官の殺害を命じたのでした。

 しかしながら、中東の地政学上の要、イラクは、湾岸戦争からイラク戦を経て今日まで、米ロ両大国をはじめ、隣国イラン、そしてそれらの大国を後ろ盾にする様々な武装勢力が入り乱れて対立と戦闘を繰り返してきたため、イラクを戦場にしたアメリカとイランの対決は外部世界からは見えにくかったのです。

 そうしたなか、イランの影響下にあるイスラム教シーア派の武装組織が12月27日、イラク北部に駐留していた米軍基地にロケット砲を撃ちこみました。その結果、アメリカの民間人ひとりが死亡し、アメリカ兵4人が負傷。この事態を受けてアメリカ軍の首脳部は、ホワイトハウスに複数の「オプション(選択肢)」をあげて対応を促しました。トランプ大統領は「イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官の殺害」という案は即座に退けたと言います。替わりにシーア派武装組織の拠点へ空爆をするよう命じたのです。米軍の作戦は28日に敢行されました。

 今度はイランを後ろ盾とするシーア派の武装組織が31日、アメリカに報復を試みました。まずイラクの首都バグダッドのアメリカ大使館にデモ隊を送り込み、大使館の壁に放火し、大使館内への侵入を試みました。トランプ大統領は、現地からのテレビ映像でその模様を見て危機感を募らせたといいます。一転して、ソレイマニ司令官を標的に空爆を実施するよう命じたのでした。

 通常、アメリカ大統領に示される選択肢の数は3つなのです。今回は、(1)重大な警告を発する、(2)相手陣営を空爆する、(3)ソレイマニ司令官を殺害する、でした。

 アメリカ軍当局としては、「ソレイマニ司令官殺害」のオプションは、あくまで一種のミセガネにすぎませんでした。穏当な第二案、つまり敵の拠点の空爆に大統領の意向を導くための極端な案にすぎなかったのです。ところが、トランプ大統領が選び取ったカードは「司令官の爆殺」であり、米軍首脳は本格的な軍事衝突の引き金になりかねないと懸念を募らせたといいます。

 しかし、ひとたび大統領の決断が下されれば作戦は遂行しなければなりません。こうして司令官の殺害作戦は新しい年が明けた1月3日に敢行されたのです。