道具は語る、中華の合理主義とフレンチの形式主義

『キッチンの歴史』で「なぜそれを使うのか」を探る

2019.12.20(Fri)漆原 次郎

「最小労力で最大価値」を体現した中国の「刀」

中華料理で使われる「刀(トウ)」。さまざまな食材を切る。

 料理道具の違いが、食のあり様の違いに反映されているという典型的事例が、「ナイフ」の章にある。中国の「刀(トウ)」と西欧の「ナイフ」の違いだ。

 中国の「刀」は、刃のかさが高い包丁のこと。日本でも、中華料理店のオープンキッチンなどで見かける。この料理道具は、薪割り、鱗取り、野菜のスライス、肉のミンチ、ニンニク潰しなどなど、万能に使えるもの。最小限の労力と損失で最大限の価値を生み出す原理を体現したものと評する文化人類学者もいる。

 著者は、この「刀」は、何よりも「質素な農民文化の産物といえる」と述べる。わずかな燃料で素早く炒めるには、どんな食材でも切っておけばよい。貧しい家庭でも、豊かな家庭でも、食材に差こそあれ調理法は同じ。そして、刀で作った料理を、ナイフを使わず、箸でそのまま口に運ぶことができる。食べ方にも無駄がない。

 と、ここまで読んで、あらためて中華料理を思い出してみる。箸で食材を千切ったり、突き刺したりせず、ただ摘(つま)むだけで口に運ぶことができる。厨房の「刀」で食材がすでに切られていることが、中華料理の「気ままに食べるもの」という特徴につながっている。

優雅、趣味、富などの象徴と化した西欧のナイフ

フレンチレストランのテーブルに置かれるナイフとフォーク。

 一方、西欧のナイフは、動物の肉を「切り分ける」文化の中で活躍していった。著者によると、肉を切り分けるのは、「狩の獲物をヒエラルキーによって峻別し、動物が仕留められた土地の領主の権威を高らしめることが重要だった」から。端的にいえば、高級な人物は高級な肉を高級な食べ方で食べるといった権威主義が西欧には強くあった。ナイフはその象徴だったのだ。

 その後、ナイフは西欧の食卓で使われつづけてきたが、「切れるナイフを置く」という風習は野蛮さの象徴とみなされ退歩していく。テーブルナイフは切れないものとなっていき、優雅さ、趣味のよさ、富などを象徴するものと化していった。

 こうしたナイフの変遷の先に、今日のフレンチレストランのナイフはある。西欧料理において様式が重視されるのは、権威主義や象徴主義といった文化の中で料理と料理道具がテーブルに供されてきたからといえる。中華料理店にいるときよりかしこまってしまうのも無理からぬことだ。

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