筆者の梶山氏は、前作『トヨトミの野望』の発売後、珍しくNewsPicksのインタビューを受け、執筆した動機をこう語っている。
「(トヨタの)創業家である豊田家の持株比率というのは、わずか2%ほどに過ぎません。しかし、実際には豊田家の本家がいまでも厳然たる力を持っています。奥田さんは、そんな豊田家のあり方についても言及した、めずらしい経営者でした。そうした経緯もあって、実はトヨタが制作している『トヨタ自動車75年社史』(2013年刊行)からも、奥田さんという経営者の存在はほとんど消されているのです。
また豊田章一郎名誉会長の半生について、日経新聞の紙面上に掲載された連載『私の履歴書』(2014年4月)でも、奥田さんについてはほとんど言及されませんでした。
トヨタをモデルにした大型テレビドラマ『LEADERS リーダーズ』(佐藤浩市主演・同年3月放映)に至っては、豊田喜一郎、豊田章一郎、豊田章男というトヨタ創業家の3代にわたる活躍が露骨にクローズアップされました。ある意味で豊田家は、トヨタの歴史を作り変えようとしているのではないでしょうか」(NewsPicks「トヨタを騒然とさせる『覆面作家』の独白」)
水面下で起きている不可解な人事
トヨタ中興の祖であった分家の豊田英二氏は、章一郎氏が『私の履歴書』を書く前年の2013年秋に亡くなっている。経団連会長までつとめた奥田氏はいまにいたるまで『私の履歴書』は書いていない。「歴史は勝者がつくる」といわれるが、梶山氏は、豊田家本家がつくる「正史」の裏に埋もれたもう一つの物語を描こうとしているのではないだろうか。
今作『トヨトミの逆襲』の物語は、2016年初夏から始まる。まさに現在進行形、つまり現社長・豊田章男氏のトヨタでいまおきているドラマを下敷きにしたと思われる小説なのだから生々しいと言うほかない。モデルとされるキャラクターたちに、それぞれの思惑を胸の内でつぶやかせつつ、社内のライバルを蹴落としたり、上司にすり寄ったりする姿を描いている。
『トヨトミの野望』につづき、なぜ梶山氏は、『トヨトミの逆襲』を執筆したのか。梶山氏の代わりに担当編集者はこう説明する。
「本書の舞台はCASEとよばれる新たな技術群の波が押し寄せ100年に一度の大変革期に突入した自動車業界です。巨大IT企業がこの産業に参入し、勢力図が混沌とするなかで、日本一の巨大企業となったトヨトミ自動車とて安泰ではなく、同社の“生きるか死ぬか”の苦闘が描かれています。
現実を見ても、自動車産業は全就業人口6500万人の1割近くが従事する日本経済の大事な屋台骨ですが、いま大きな軋みが生じています。ゴーン・ショックで『船長なきまま漂流する巨大船』となった日産の業績悪化や、トヨタが筆頭株主になっているメガサプライヤー・曙ブレーキの経営危機など、異変や不祥事が報じられていますが、その予兆となる不可解な人事や出来事は、報道されない水面下ですでに起きています。そうしたリアルで新たな情報が、前作発表後から梶山さんのもとに多々寄せられました。その情報を届けてくれた人の大半は自動車業界の現状に危機意識を持っていた方々だそうです。そうした方の思いに報いようということもあって、梶山さんは前作刊行後、すぐに取材にとりかかってくれていました」(加藤企画編集事務所・加藤晴之氏)